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背筋|オシャレ大好き【ホラー短篇】
オシャレ大好き
コンクリートのふちに足をかける。下から吹き上げる風が心地好い。この気持ちはアドレナリンのせいなのか。怖いと感じない私はおかしいのだろうか。下を見つめる。サラリーマン風の男が足早に歩いている。私はやっと解放される。こんな世界から。
「さようなら」
そう話したあと、宙に身を躍らせた。風の音が耳に響く。歩道の地面が猛スピードで迫る。身体の奥から木の枝をまとめて折ったようなバキッとい
寺地はるな「リボンちゃん」#004
第四話
「乾杯!」の掛け声とともに、隣に立っていた知らない男性のコップがありえない角度に傾き、あ、と思うまもなくわたしのシャツの肩は濡れていた。こぼれたビールはじわじわと染みて胸元まで到達しようとしている。
「わ、こりゃ大変だ。ごめんね、だいじょうぶ?」
「気にしないでください、洗えば落ちますから」
わたしはハンカチでシャツを押さえながら立ち上がった。数メートル先のバーベキューコンロで焼いている
鈴木忠平・新連載スタート!「ビハインド・ゲーム」#001
プロローグ 開場の日は朝から雲ひとつなかった。生えそろったばかりの天然芝と真っさらなアンツーカーが北の大地の柔らかな陽の光を浴びている。球場のコンコースでひとり、その静謐な光景を飽くことなく眺め続けている男は球団のフロントマンである。濃紺のスーツにチームのシンボルカラーであるスカイブルーのネクタイを締めた彼の胸の裡にはひとつの感慨が宿っている。その感慨がいつまでも彼をその場に立たせていたのだった。
もっとみる鈴木忠平『ビハインド・ゲーム』 はじまりのことば
なぜ、この人物を書こうと思ったのですか?
新刊を書くと、インタビュアーの人からこう質問していただく。その度、的確な表現の見つからない私は「翳があるから」だとか、「逆風を浴びているから」だとか口にしながら、なにか言い足りてないな……と感じてきた。先だってはついに、「言葉で表現できない人だからです」などと答えてしまった。書き手としてアリなのか? 帰り道に落ち込んだが、本当にそうとしか言えなかったの
太田愛・新連載スタート!『ヨハネたちの冠』 #001
第一章 夏至の夜に始まった六月二十一日 午後八時四十分
「最速で行ってきてよ!」
姉の青明が、リビングからのけぞるように廊下へ顔だけ出して叫んだ。両手はムーニーのお尻拭きで理久の尻を拭いているのだ。階段下の物入れの戸が大きく開け放たれているのは、買い置きの紙おむつが切れているのを発見した際の衝撃をものがたっている。
「わかってるよ!」
紺野透矢は運動靴をつっかけて玄関を出ると、一家に一台きり
太田愛『ヨハネたちの冠』 はじまりのことば
編集者のKさんとAさんに初めてお目にかかったのは『彼らは世界にはなればなれに立っている』を上梓した四年前の秋だった。それ以前の三つの長編、『犯罪者』『幻夏』『天上の亜』が現代社会を舞台にしたいわゆるクライムサスペンスであったのに対して、『彼らは世界に~』はまったく趣が異なり、いつの時代ともわからない〈塔の地・始まりの町〉で繰り広げられる物語だ。期待されている世界観でないことはわかっていた。案の定
もっとみる発売即重版! 彼を見殺しにした男達を許さない――どんでん返しミステリ|くわがきあゆ『復讐の泥沼』インタビュー
怒濤の展開、次から次に予想が裏切られる……そんな一冊が誕生した。くわがきあゆさんの最新刊『復讐の泥沼』(宝島社文庫)だ。くわがきさんは2022年に『レモンと殺人鬼』で第21回『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリを受賞、同作は現在30万部超のベストセラーとなり、大きな話題となった。
「いつか復讐を動機とするミステリを書いてみたいなと思っていました。私は本格ミステリよりも、どちらかという
ルームシェアで〝一生最強〞を目指す!自由な未来の選択肢を示した傑作――小林早代子『たぶん私たち一生最強』インタビュー
そんな叫びから始まる『たぶん私たち一生最強』。花乃子、百合子、澪、亜希——高校時代からの女友達である4人が、ルームシェアを通じて大マジメに〝一生最強〟の人生を目指す物語だ。
著者の小林早代子さんは2015年に「くたばれ地下アイドル」で第14回「女による女のためのR―18文学賞」読者賞を受賞し同作でデビュー、本作は2作目となる。出発点は、『小説新潮』の官能小説特集に掲載された短篇「よくある話を
朝倉かすみ×中島京子『よむよむかたる』刊行記念対談~幸福な時間が溢れだす、人生を語る読書会~
お年寄りを見てると、驚きと好奇心が止まらない中島 朝倉さんはいつ北海道に転居されたんですか?
朝倉 コロナ禍も終盤になった2022年の夏頃です。コロナ禍の最中にうちの父親が亡くなって死に目にも会えませんでした。それで、うちの母がちょっと弱っちゃったんですね。当時はまだコロナに勢いがあったので、東京にいると行き来すること自体もままならなくて。母が元気なうちにたくさん会っておきたいなと思って、東京か
平均年齢85歳!老人たちの読書会で感じた〝ワンダー感〟――朝倉かすみロングインタビュー
作家の書き出し Vol.33
〈取材・構成:瀧井朝世〉
◆個人的な思いを語る読書会があってもいい――新作『よむよむかたる』は、北海道は小樽の古民家カフェで開かれる高齢者の読書サークルのお話ですね。ものすごく楽しく読みましたが、どういう出発点だったのですか。
朝倉 編集者の方たちとお話ししている時に、うちの母親の話になったんです。母親がもう二十年くらい読書会に参加しているという話をだらだらしてい
ピアニスト・藤田真央エッセイ #64〈夏の終わり――デュトワとの共演〉
『指先から旅をする』が書籍化しました!
世界中で撮影された公演&オフショット満載でお届けします。
8月3日
「ミルクバー」でブランチ。
今年のスケジュールは自由時間が限りなく少なかったが、それでもお気に入りのこのお店に2回も訪れることができた。ヴェルビエ滞在のラストに好物のオレオミルクシェイクを飲むことができて嬉しい。
17時からはサン=サーンス《ピアノ協奏曲第2番》のリハーサルがあった
ピアニスト・藤田真央エッセイ #63〈エベーヌ四重奏団との共演、テントでのリサイタル〉
『指先から旅をする』が書籍化しました!
世界中で撮影された公演&オフショット満載でお届けします。
7月29日
昨日のアドヴェンチャーから一夜明け、朝の10時からエベーヌ四重奏団とのリハーサルが始まった。いつの日か共演してみたいと願っていた、世界屈指の四重奏団と演奏する機会に恵まれたのだ。もっとも我々日本人にとっては、この名門カルテットにチェリストの岡本侑也君が2024年1月に加入したニュース
ピアニスト・藤田真央エッセイ #62〈幻となったカヴァコスとの共演〉
『指先から旅をする』が書籍化しました!
世界中で撮影された公演&オフショット満載でお届けします。
7月28日
今年のヴェルビエは特別、日差しが眩しい。8時過ぎに目を覚ますと、カヴァコスとのリハーサルの録音を再び聴いた。今夜の公演のために、これほど入念に準備を行うのには理由がある。実のところ、カヴァコスとは2023年5月に初共演を果たす予定だったのだが、彼の体調不良により叶わなかった。共演の機