WEB別冊文藝春秋
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漫画家が〝美味しい〟ミステリーで小説家デビュー!|土屋うさぎ『謎の香りはパン屋からインタビュー』
読んでいるうちに、ぷーんと香ばしいパンの香りが漂ってくる……そんな〝美味しい〟ミステリーが誕生した。
『謎の香りはパン屋から』は、第23回『このミステリーがすごい!』大賞の大賞受賞作。著者の土屋うさぎさんは、26歳の漫画アシスタント兼漫画家だ。ギャグ漫画や百合漫画を主戦場にしているが、あるきっかけで小説を書き始めたという。
「ここ数年、漫画家のおぎぬまX先生のアシスタントをしているのですが、先
門井慶喜「天下の値段 享保のデリバティブ」#008
第5章(承前) 御庭番は、将軍直属の密偵または調査員である。全国へ飛んで大名の動静や民情などの探索にあたるが、そもそも幕府機構にこの職を創設したのが吉宗自身ということもあり、吉宗は、かねて彼らと直接口をきくことを好んでいた。
男はそのひとり、遠藤某という者である。もっとも、密偵といっても、
「大坂より、先ほど帰りました」
と切り出した、その声は特別ではない。しゃちほこ張ったような、遠慮したよう
第16回 今井真実|蔵元たちの熱い思いが飛び交う「醤油の日の集い」
秋にはいつも楽しみにしている行事がある。それはしょうゆ業界の関係者が集まり、開催される「醤油の日の集い」である。
10月1日は「醤油の日」。昔の日本では、冬に備えるために、秋口に農作物の貯蔵や加工を行なっていた。さらにしょうゆ造りのための「もろみ」も、10月に仕込んでいたのだそう。醸造に関するさまざまな由来が秋に縁深く、そのことから10月1日が「醤油の日」と定められたという。その日を記念して
鈴木忠平「ビハインド・ゲーム」#002
第二章 甲子園の英雄1
「結局、甲子園がピークだったってことだろうな」
「よくいますよね。高校時代は輝いてたのに、プロに入って急に色褪せる選手って」
後方から訳知り声が聞こえてきた。
おそらくバックネット裏中段に陣取っている関係者だろう。声を潜めてはいたが、ネット裏前列にいる山縣聡太の耳にははっきりと聞こえていた。部外者が勝手なことを、と内心憤りを覚えたが、反論の言葉は見当たらなかった。山
ピアニスト・藤田真央エッセイ #73〈NYのスタンディングオベーション〉
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続くスクリャービン《幻想曲》は強弱の変化をとても細かく設定した。フォルテが長く続き、かつ音楽も広く大きな構造をしているため、飽きがきてしまわないようにだ。フォルテ内での音色もよく考えた。ドラマティックな時があれば、ミステリオーゾで騒めいたり、はたまた苦しく嘆くようなキャラクターを出してみたり。様々
一色さゆり「音のない理髪店」
——祖父は日本初の、ろう理容師です。
デビュー以来三年間筆が進んでいなかった小説家・五森つばめは、作家としての再起をかけて、自身の家族の物語を書くことを決める。つばめの祖父・正一は、大正時代に生まれ、日本で最初に設立された聾学校理髪科を一七歳で卒業し、徳島市近郊で自身の店を営んだ人物だ。聴覚障害を抱えながら、生涯鋏を持ち続けた彼の人生は、果たしてどのようなものであったのか。つばめは、当時の祖父
ピアニスト・藤田真央エッセイ #72〈2度目のカーネギーホール〉
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11月9日(土)
明朝5時半に起床し、午前8時の飛行機でニューヨークへ向かう。フライト時間は7時間だが、ニューヨークへ到着したのは現地時間午前10時。なんとも不思議な感覚だ。ヨーロッパからアジアへの長距離便をよく利用するので、7時間の旅は比較的楽に感じる。だが関門はそれからだった。
空港にて
ピアニスト・藤田真央エッセイ #71〈パリのメロンパン――ピリスの代役で〉
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11月6日(水)
2日間のリハーサルを終え、本番を迎えた。
ピアノから始まる前奏。息を一度吸い、指先以外の全身の力を完全に抜く。上から優しく毛布をかけてあげるように手首を下ろしながら放ったト長調の和音。劇場中に至高のト長調のハーモニーが響き渡った。
ドイツの偉大なピアニスト、ヴィルヘルム・バ
ピアニスト・藤田真央エッセイ #70〈極限のスケジュール下で〉
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欧米のクラシック音楽界は、9月から新シーズンがスタートし、魅力的な定期演奏会やオペラ公演などで活気に満ちている。私も観客としてベルリン・フィルの公演やベルリン国立歌劇場、ウィーン楽友協会に足を運ぶ一方で、奏者としても様々な国へ訪れた。今シーズンは初めて降り立つ国も多い。
2024年9月13日
イナダシュンスケ|からいもの思い出
第32回
からいもの思い出
鹿児島市内に住んでいた小学2年生の頃、クラスに奄美大島からMくんという転入生がやってきました。ガッチリとした短躯に浅黒い肌、黒目がちな丸い目の少年でした。彼の家は、僕が当時家族と住んでいたのと同じアパートにありました。そのアパートは一棟が丸ごと父親が勤めていた銀行の社宅で、僕の父親とMくんのお父さんは、会社の同僚でもあったということになります。
実はMくんと特別
見逃し厳禁の「新人」レビュー連載がスタート! 瀧井朝世・ニューカマーレビュー
自分と瓜二つの顔の遺体が運ばれてきたら……
山口未桜『禁忌の子』(東京創元社)
すでに大変話題となっている、第34回鮎川哲也賞を満場一致で受賞したデビュー作。著者は現役の医師で、医療現場を知る人ならではの臨場感がたっぷりの本格ミステリだ。
兵庫県の市民病院に勤務する武田航は、32歳の救急医。ある夜、彼のもとに沖に浮いていたという溺死体が搬送されてくる。全裸で所持品もなく身元不明のその男の遺体
ピアニスト・藤田真央エッセイ #69〈ロンドンを熱狂の渦に――BBCプロムス・デビュー!〉
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日本食を愛する私にとって、ロンドンは欧州で最愛の場所と言っても過言ではない。一風堂、丸亀製麺、CoCo壱番屋などなど、道を歩けば右に左にたくさんの日本食レストランが目に入る。これはベルリンではあり得ない光景だ。この日の私は半ば吸い込まれるように一店のラーメン屋さんに入ってしまい、気づいたら替え玉ま
ピアニスト・藤田真央エッセイ #68〈熱い夏はつづく――ルツェルン音楽祭〉
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ヴェルビエ音楽祭、そしてバイロイト音楽祭の連載に続き、またしても8月に行われた二つの音楽祭——ルツェルン音楽祭、BBCプロムス——の模様を綴りたい。この夏はそれだけ内容の濃い日々を送っていたのだ。
8月中旬のこの時期は、例年抱えているレパートリーが多い。今年も23/24年シーズンのリサ