記事一覧
イナダシュンスケ|サクラダ君のアメリカンドッグ
第29回
サクラダ君のアメリカンドッグ
今となっては分かります。小学生時代の親友サクラダ君は「早熟」でした。
小学四年生に進級して、毎日一緒に帰る僕たち5人組は、クラスがバラバラになりました。かろうじて僕とサクラダ君は引き続き同じクラスでした。しかし僕たち2人はその頃から微妙に別々の道を歩み始めたのです。
その小学校では、四年になると希望すれば部活動に参加できました。サクラダ君は真っ先
伊岡瞬「追跡」#007
19 火災二日目 新発田信(承前) わが子ながら、どうひいき目に見ても軽薄にしか映らない淳也が出ていった執務室のドアを、新発田信は短いあいだ睨んでいた。
「どうしたらあれほど出来の悪いのが生まれるんだ」
普段は腹に納めている愚痴が、つい口からこぼれた。いや、考えないようにしている現実を、ふいに見せつけられたことへの嘆きだ。
過去には、妻が浮気してできた子ではないかとさえ疑ったこともある。しかし
イナダシュンスケ|サクラダ君と道草コロッケ
第28回
サクラダ君と道草コロッケ
小学三年生の時、親友ができました。
サクラダ君というその同級生は、足が速くてスポーツ万能、色白で茶色がかった髪にぱっちりとした大きな目と長い睫毛、明るくて成績もほどほどに良く、つまりは女子にモテまくる少年でした。僕がなぜそんな彼と仲良くなったかと言うと、単に家が近所で帰宅する方向が同じだったからです。学校帰りはだいたい、僕とサクラダ君の他に同じ方向の友人
ピアニスト・藤田真央エッセイ #60〈矢代秋雄のカデンツァーー山田マエストロとの日本ツアー〉
『指先から旅をする』が書籍化しました!
世界中で撮影された公演&オフショット満載でお届けします。
”
5月下旬、私たちは日本に帰ってきた。飛行機を降りるとふわりと香る醤油や出汁の匂いで故郷を実感する。沢山の大谷翔平選手の広告に迎えられて入国したが、その数が帰国の度に増えている感じがするのは気のせいだろうか。
実家の猫と戯れるも束の間、7公演の怒涛のツアーが始まった。兵庫、館山(千葉)、東
ピアニスト・藤田真央エッセイ #59〈地中海の青空の下――モンテカルロ・フィル〉
『指先から旅をする』が書籍化しました!
世界中で撮影された公演&オフショット満載でお届けします。
絵に描いたような雲ひとつない晴天。水底まで透き通る海。指先から溢れ落ちるサラサラの砂。肌にまとわりつく熱気。
人々は水着を身につけ各々の時間を楽しんでいる。砂浜に寝そべり肌を焼く女性。サーフボードを手に海に入り込むシックスパックの男性。寄せては返す波にはしゃぐ子供達。その隣のおとなしい犬。様々だ
イナダシュンスケ|ファーストコンタクト晩餐会
第27回
ファーストコンタクト晩餐会
「料理は味が全て。うまけりゃいいんだよ」ということが世間ではよく言われますが、僕は主に料理を作る側の立場として、これは一見正論めいてはいるけれど、実際は暴論だと考えています。「うまけりゃいい」はその通りだとしても、じゃあそれはいったい誰にとってうまいのか。どういう時にどういう気分で食べたらうまいのか。
誰にとっても、いついかなる場面でもおいしいものなんて
大木亜希子「マイ・ディア・キッチン」最終話 料理監修:今井真実
最終話 いつものように布団を畳み、身なりを整え自室の扉を開けると、リビングにパンツ一丁の天堂さんが立っていた。部屋の中央に姿見を置き、何やら鏡の中をまじまじと覗いている。
那津さんが半裸の状態で室内を彷徨くのは日常茶飯事だ。しかし、天堂さんがここまで無防備な姿でいるのは珍しい。と言うか、私がこの家に来てから初めての出来事である。
「……おはようございます」
おそるおそる声をかけると、彼はこちら
寺地はるな「リボンちゃん」#003
第三話 左手の爪すべてを玉虫色に塗り終えた時、スマートフォンが鳴り出した。わたしは一年三百六十五日、爪のケアを欠かしたことがない。爪という身体のパーツが愛しくてたまらない。いろんな色を塗りたくれるし、いざという時には武器にもなる。
小さな刷毛をつかって色を乗せる作業も好きだ。神経が研ぎ澄まされ、刷毛を持つ指は震える。息を殺し、目を凝らす。ムラなく塗り終えた時の、なんとも言えぬ高揚感と解放感。
地底から忍び寄る怪異を〝超心理学〟で解決できるか⁉〈オモコロ〉出身作家・上條一輝さんの極上エンタメホラー『深淵のテレパス』インタビュー
大学のオカルトサークルで行われた怪談会。そこで不気味な怪談を聞いた夜から、ある参加者の日常に怪異が忍び寄る——。
「一回きりの開催」「東雅夫・澤村伊智という豪華な二名が選考」と告知された創元ホラー長編賞。その受賞作となったのが、上條一輝さんの『深淵のテレパス』だ。著者の上條さんはなんとWebメディア〈オモコロ〉のライター(名義は加味條)。まずはどうして長編ホラー小説を書くに至ったのか、来歴を聞
予測不可能! 衝撃のラストに悶える新しい本格ミステリが誕生|新名智『雷龍楼の殺人』インタビュー
こんなミステリ、読んだことない! 読後にそう叫びたくなるような、前代未聞の小説が誕生した。
著者の新名智さんは、2021年、「虚魚」で第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉を受賞し、デビュー。最新作『雷龍楼の殺人』は4作目で、自身初の本格ミステリだ。
「デビュー時に選考委員をしてくださった綾辻行人先生と対談をした際に、『本格を書きなさい』と仰っていただきました。当時は『いずれ必ず書きます
伊岡瞬「追跡」#006
15 火災二日目 アオイ 油断がなかったといえば噓になる。
あの『B倉庫』で初めて樋口と手合わせしたとき、アオイがあっさりと一本取った。
樋口が手加減しているようには見えなかった。あの男にも華やかな時はあったのかもしれないが、この仕事の〝現場〟に出るにはそろそろピークを過ぎているし、順当な実力の差だと理解した。だから、再び対峙することがあったとしても、そして向こうに多少の〝得物〟のアドバンテー
門井慶喜「天下の値段 享保のデリバティブ」#005
第3章(承前) 紀伊国屋はその晩、野村屋、大坂屋とともに曽根崎新地へ行き、「よし野」という料亭ののれんをくぐり、2階の座敷へ通された。
ここで食事をしながら一献かたむけようと思ったのは、かつは気分転換のため、かつは人気の調査のためだった。もともと曽根崎という繁華街自体が堂島から近く、市場関係者の多く集うところであるのに加えて、「よし野」は特に愛されていて、毎晩のように数人ないし数組の米仲買の客た