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【直木賞ノミネート!】麻布競馬場『令和元年の人生ゲーム』第1話無料公開 ~意識の高い慶應ビジコンサークル篇~

〈タワマン文学〉の旗手・麻布競馬場待望の第2作『令和元年の人生ゲーム』。発売直後から「他人ごととは思えない!」と悲鳴のような反響が続々と…… 4月、やる気に満ちた新入生の皆さまの応援企画として、第1話〈意識の高い慶應ビジコンサークル篇〉を期間限定で全文無料公開いたします! これを読めば5月病も怖くない……はずです。 『令和元年の人生ゲーム』 第1話 平成28年  2016年の春。徳島の公立高校を卒業し、上京して慶応義塾大学商学部に通い始めた僕は、ビジコン運営サークル「イ

ピアニスト・藤田真央エッセイ #58〈魔法のような室内楽――タメスティとの共演〉

『指先から旅をする』が書籍化しました! 世界中で撮影された公演&オフショット満載でお届けします。 ”宝箱”との誉れ高いブラームス・ザールは、精巧で眩い装飾と豊かな響きを併せ持つ素晴らしいホールだ。客席の中央ではブラームスの像が静かに耳を澄ましている。音響の質は別格で、私の代名詞であるまろやかな音が会場の隅々まで減衰することなく響き渡る。ひとたびタッチのニュアンスを変えれば、客席に飛んでいく音色も万華鏡のように変化した。私が最重要視している一音一音の響きへのこだわりを、このホ

ピアニスト・藤田真央エッセイ #57〈矢代秋雄との出逢い――新アルバム・レコーディング〉

『指先から旅をする』が書籍化しました! 世界中で撮影された公演&オフショット満載でお届けします。  ソニー・クラシカルインターナショナルから私の新アルバム「72 Preludes ショパン/スクリャービン/矢代秋雄:24の前奏曲」のリリースが発表された。私たちチームにとっても大いに待ち焦がれた逸品である。  実のところ、2022年に発売したモーツァルト「ピアノ・ソナタ全集」の次回作について、私たちは何度もミーティングを重ねたが、どの案もしばし難航した。三人の作曲家による《2

〝心の中〟の文学少女が息を吹き返したのは|株式会社水星代表・ホテルプロデューサー・龍崎翔子の愛読書

 私が文学少女だったのは、中学を卒業するまでだった。  ホテル経営者として日々忙殺されながらスマホを眺め続けている今はもはや見る影もないが、かつては実に心から読書を愛する少女だったのである。 「史記」を原文で読みこなすような母のもとに生まれ、幼少期は古典文学の英才教育を受け、保育園ではおままごとに誘われるたびに「お姉ちゃん役」を買って出て、「受験生だから勉強してくるわ」といっては隣の教室にかけこんで、ずっとひとりで図鑑をめくっているような子どもだった。  小学生の頃は、

イナダシュンスケ|ラーメン不満足化待望論

第26回 ラーメン不満足化待望論 いきなり大きな話から始めますが、人はいったい何を求めて小説やエッセイを読むのでしょう? そんなの十人いたら十通りの答えが返ってきそうですが、そこにおいて「共感」は、誰にとっても大事な要素であるということは言えるはずです。読者は著者や登場人物、なかんずく主人公に共感しつつ、物語を擬似体験する。それが読書の醍醐味であることは間違いありません。  食エッセイという分野においても、この「共感」は、極めて重要なのではないかと思います。大抵の場合、著者

寺地はるな「リボンちゃん」#002

第二話 ななめ前を歩いていた社長が「なあ」と言ったので、思わず身構えた。社長の声が甲高くなるのは、なにかめんどうな話題を持ち出す前兆だ。  銀行からの帰り道だった。思えば今朝、「きみも来てよ、経理担当なんだから」と声をかけられた時からなんとなく予感はしていたのだ。借り換えの手続ぐらい、いつもなら社長ひとりで済ませているから。 「はい。なんでしょう」  無意識に、髪に手をやった。今日は幅の細い、葡萄色のリボンを髪に編みこんでいる。社長が甲高い声を出すのと同様、わたしにも癖がある

桃野雑派|お守り代わりのペンネーム

 フランク・ザッパの噂はギターを始めた頃から聞いていた。  いわく、天才、奇才、二十世紀最大の芸術家、ザッパの前にも後にもザッパなし。  そう称賛する声がある一方、奇人、変態、気難しい芸術家、不協和音にしか聞こえない音楽―などなど、くさす言葉も同じぐらい見聞きした。  でも僕が興味をひかれた一番の理由は、あのスティーヴ・ヴァイが尊敬する音楽家だったからだ。  ヴァイは今でも僕のアイドルだ。強烈な個性を持ったギタリストで、浮遊感のあるメロディ、複雑なリズム、凝りに凝った楽曲、

第11回 北海道で酔いしれた、絶品お寿司 ひとりでまんぷく 今井真実

 次の出張は北海道と聞いてから、暇さえあれば「寿司 ウニ 札幌」でネット検索をしていた。だって北海道といえば、ウニではないか! 豊富な魚介類があるのは承知の上だが、なんせ夏だし、普段は滅多に食べることのないウニを食べたいのだ。口いっぱいに頬張り、あのとろける甘みを、磯の香りを、なめらかな喉越しを味わいたい。その瞬間を、想像するだけで鼻息が荒くなってしまう。ホテルを予約することさえもすっかり忘れて、ここ最近の私の趣味はもはや「札幌のウニのおいしいお店を探すこと」になっていた。

今村翔吾『海を破る者』冒頭試し読み

序章  時を追う毎に一人、また一人と、集まって来る。  壁の無い茅舎のような粗末な御堂には、弟子や教えを聞きに来た近郷の僧で溢れ返り、その周囲を数十の民たちが取り囲んでいる。  一遍はすくと立ち上がった。他の僧たちも慌てて立ち上がろうとするのを手で制す。 「まだよ」  弟子の一人が物言いたげな目をしている。 「暑いな」  一遍は手で大袈裟に顔を扇いでみせた。  狭い御堂に三十人以上の僧が詰まっており、その中心に一遍は座していた。折角、心地よい風が吹き抜けているのに、ここは人

小田雅久仁 「夢魔と少女」〈後篇〉

十八 堀内は横たわった少女の傍らに胡座をかき、その寝顔を、どんな感情も読みとれない巌のような面持ちでじっと見おろしていた。少女はジュースを半分ほど飲んだだけでたちまち強烈な睡魔に襲われたらしく、崩れ落ちるように横になり、早くも穏やかな寝息を立てはじめていた。しかしその心中までが穏やかだったかはわからない。突きあげてくる急激な眠気を、少女は訝しく思ったに違いなく、一服盛られたのではと恐怖に駆られながら眠りの淵に引きずりこまれていったのではあるまいか。  正直、私は暴れてやろうか

ピアニスト・藤田真央エッセイ #56〈ウィーン・リサイタルデビュー――コンツェルトハウス〉

#55へ / #1へ戻る / TOPページへ 『指先から旅をする』が書籍化しました! 世界中で撮影された公演&オフショット満載でお届けします。  2024年3月15日、私は再びウィーンの地にいた。”再び”というのは、2月にアントワン・タメスティと共にウィーン楽友協会の〈ブラームスザール〉でデュオリサイタルを行い、その次週にはウィーン交響楽団と共に、念願の〈グローサーザール〉デビューを果たしたのだ。この模様はまた次号で触れたい。  ウィーンはとてもコンパクトな街で、空港か

ピアニスト・藤田真央エッセイ #55〈ホフマンとシューマン――小説から生まれた音楽〉

『指先から旅をする』が書籍化しました! 世界中で撮影された公演&オフショット満載でお届けします。  ドイツに拠点を移して早2年。これまで世界各国での旅の模様をお伝えしてきたが、その合間にしっかりと大学へも通っていた。演奏旅行を終えて大きなキャリーケースを引きながら大学へ直行したり、レッスンを受けたその足で公演に向かったりすることもしばしば。このように授業に出席できる日は必ず出席し、また時折教授に善処して頂いたお陰で、なんとか単位を揃えることができた。そして遂に今春、ハンス・

「覗くと死ぬ鏡」|はやせやすひろ×クダマツヒロシ

はやせ やすひろ 様  はじめまして。いつもYouTube楽しく拝見しております。  ××県××市に住む村川と申します。 〈呪物コレクター〉として活動されているはやせ様に、折り入ってご相談があり連絡致しました。  私の実家にある〈呪いの銅鏡〉についてです。  この銅鏡が原因で、私が知る限り少なくとも2人の親族が亡くなっています。  いずれも鏡面を覗いてから一週間以内に死んでいます。  一人は曾祖父、二人目は祖父です。祖父は12年前に蔵で鏡を見つけ、その6日後に死にました。

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栗原ちひろ「余った家」

「本当にここ?」  と問うてみたものの、ここ以外のどこでもないだろうという諦めはあった。  だらだらと続く坂の果て、広々とした区画は緑に埋もれており、中にある家の姿はさっぱり見えない。伸びすぎた庭木は一心に空を目指しているが、下の方はおざなりに枝を打たれた跡があった。近隣への配慮なのだろう。  この家の持ち主はかろうじて生きている、ということだ。 「ここだよ。美岬も見たことあるでしょう?」  たおやかな声で言い、女が小さな鞄の中を引っかき回す。ゆるく巻いたチェリーブラウンの髪