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【㊗発売即重版!】ピアニスト・藤田真央さん初著作『指先から旅をする』

 ピアニスト・藤田真央さんによるエッセイ&語り下ろし連載「指先から旅をする」がこのたび本になりました。 弱冠24歳にして「世界のMAO」に 2019年、20歳で世界3大ピアノコンクールのひとつ、チャイコフスキー国際コンクールで第2位入賞。以降、世界のマエストロからラブコールを受け、数々の名門オーケストラとの共演を実現させてきた藤田さん。 現在はベルリンに拠点を移し、ヴェルビエ音楽祭、ルツェルン音楽祭といった欧州最高峰の舞台で観客を熱狂させています。 エッセイ&語り下ろし

ピアニスト・藤田真央エッセイ #51〈ストイックなリハーサルの先に――ハーゲン・カルテット〉

『指先から旅をする』が書籍化しました! 世界中で撮影された公演&オフショット満載でお届けします。  チェコフィルとの全4つのコンサートを盛況に終えたのも束の間、次の日からまた新しいリハーサルが始まった。伝説の弦楽四重奏団、ハーゲン・カルテットとのリハーサルだ。この弦楽四重奏団は1981年に結成された。結成当初のメンバーは全員が兄弟(ルーカス・ハーゲン、アンゲリカ・ハーゲン、ヴェロニカ・ハーゲン、クレメンス・ハーゲン)だったが、第二ヴァイオリンを務めていた長女アンゲリカがソロ

岩井圭也「われは熊楠」:第六章〈紫花〉——終幕、そして

第六章 紫花 中屋敷町の邸宅の上には、今にも降り出しそうな分厚い雲がかかっていた。  湿気た空気が漂う庭には、楠や安藤蜜柑の木が植えられ、地面には一面枯葉が敷き詰められている。栴檀が藤色の花を咲かせていた。一九四一(昭和十六)年六月のことだった。  戸を開け放した八畳の離れに、男女の人影があった。女のほうは、横たえたテングタケを肉眼で観察しながら、紙の上に絵筆を走らせている。その傍らで、老いた男は顕微鏡を覗きこんでいた。  老人——齢七十四の南方熊楠は、地衣類の検鏡に集中して

ピアニスト・藤田真央エッセイ #50〈ビシュコフとの最強タッグ――チェコ・フィル日韓ツアー〉

『指先から旅をする』が書籍化しました! 世界中で撮影された公演&オフショット満載でお届けします。 「夢は口に出せば叶う」  ありがちなフレーズではあるが、私もこの言葉には大いに頷きたい。もっとも「横浜DeNAベイスターズの監督になりたい」や「チャーハン専門店を出したい」といったような無理難題、欲深な願いは叶うはずないが、ここ数年、「あの指揮者・あのオーケストラといつか共演したい」という憧憬は徐々に実現しつつある。  2023年10月にアジアツアーで共演した楽団——チェコ・フ

【新入生応援! 無料公開中】麻布競馬場『令和元年の人生ゲーム』~意識の高い慶應ビジコンサークル篇~

〈タワマン文学〉の旗手・麻布競馬場待望の第2作『令和元年の人生ゲーム』。発売直後から「他人ごととは思えない!」と悲鳴のような反響が続々と…… 4月、やる気に満ちた新入生の皆さまの応援企画として、第1話〈意識の高い慶應ビジコンサークル篇〉を期間限定で全文無料公開いたします! これを読めば5月病も怖くない……はずです。 『令和元年の人生ゲーム』 第1話 平成31年  2016年の春。徳島の公立高校を卒業し、上京して慶応義塾大学商学部に通い始めた僕は、ビジコン運営サークル「イ

祝・本屋大賞! 宮島未奈最新作「婚活マエストロ」第三話

▼第一話&第二話を期間限定で無料公開中です 第三話 鏡原さんからのLINE通話で叩き起こされた俺は、とりあえず顔を洗ってひげを剃った。用件は何も言われていないが、婚活イベント関連だろう。二週間前にシニア婚活パーティーに行ったときは、取材のつもりだったのにスタッフをやることになってしまった。いずれにせよ、四十男がパーカーにジーパンは好ましくない。  クローゼットを開いてみれば、十年ものの衣装ばかりが入っている。ずっと家で仕事していたから、服装には無頓着だった。こうやって外に出

寺地はるな・新連載スタート!「リボンちゃん」#001

第1話 商店街のスピーカーから流れてくる調子っぱずれなクリスマスソングにかぶせるように「焼き立てパンはいかがですか」という若い女の店員の甲高い声がひびきわたった。青果店の店主もパン屋に負けじと大声で「しいたけつめ放題だよ!」と客を呼びこむ。  あちらこちらにクリスマスツリーが乱立しており、アーケードの天井からは季節はずれの桜の造花がたれさがっている。色とりどりの看板やのぼり、壁にはポスター。かわいい女の子がにっこり微笑んでいるそのポスターには覚せい剤は絶対にダメである旨が書か

寺地はるな〈はじまりのことば〉

 じつを言うと、2016年ごろからずっと小説のアイデアが尽きている。2016年というと、はじめての単行本が出た翌年だ。いくらなんでも尽きるのがはやすぎる。  書きたいことなんかもうなんにもないよ! と思いながらもどうにか絞り出してきたのだが、去年あたりからめっきり体力が落ち、集中力も十五秒ぐらいしか続かなくなり……といったあんばいで、いよいよもうむりなんじゃないかと思いはじめた。  別冊文藝春秋の連載前の打ち合わせで「女性用下着の話を書きませんか(大意)」と言われた時も、反射

夕木春央「有栖川有栖嫌いの謎」――有栖川有栖デビュー35周年記念トリビュート――をお届けします

一 東京からは一日がかりだった。朝九時に品川駅で担当編集の水戸部氏と待ち合わせて、新幹線で岡山に向かうと、そこからは在来線とバスを乗り継ぐ。バスの本数が少ないから、停留所で二時間余りの暇つぶしが必要だった。  夕暮れ前にバスを降りると、川の向こうに宿泊予定の温泉ホテルが見えた。遠目にもコンクリートのひび割れが明らかな、いかにも古い五階建てだった。見渡す限り、他に背の高い建物はない。 「なんだ、これ地図見なくても余裕ですね。では、あそこまで歩きなので」 「ああ、はい」  水戸部

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白井智之「ブラックミラー」――有栖川有栖デビュー35周年記念トリビュート――をお届けします!

※『マジックミラー』(有栖川有栖・著)の真相に関わる記述があります。未読の方は必ず先にお読みください。 1 友人からメッセージが届くと気が重くなる。何か迷惑をかけただろうか。気を悪くするようなことを言っただろうか。僕は気を揉みながら十分くらいかけてメッセージを開く。するとたいてい、「最近どう?」とか「元気?」とかスカスカの麩菓子みたいな言葉が並んでいる。僕は胸を撫で下ろすが、返信を練るうち、今度はだんだん腹が立ってくる。なぜこんな駄菓子野郎に自分の近況や健康状態を開示しなけ

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堂々完結! 今村翔吾「海を破る者」#026(最終回)

荒波に呑み込まれんとする蒙古兵たちを前に、六郎が下した決断とは――。感動の叙事詩、堂々の完結! 「追い首は手柄にならぬ。ましてや抜け駆けならば猶更。ならばいっそのこと救い上げ、それでも向かって来た時に討ったほうがよい」  敗走する敵を討つのは誉とされず、手柄にならぬこともほとんど。それが抜け駆けならば、罰せられることさえあるのは確かだ。  しかし、短い付き合いであるが解る。手柄に拘る自らの流儀は崩さない。そのように見せ掛けてはいるが、それが決して本心ではないことを。季長は沈

自意識を素直に認めよう――日テレディレクター・安島隆の愛読書

 何の気なしにグッズのスタジャンを羽織って外出するほどには、余韻がぷんぷん残っている。約2ヶ月前の2024年2月18日に開催された「オードリーのオールナイトニッポンin東京ドーム」。ドームの5万3千人に、ライブビューイング、配信で見てくれたお客さんまで合わせると計16万人。ラジオモンスターならではのモンスター級エンタメは、ニッポン放送の人気ラジオ番組がもとになったイベント。僕は現在テレビ局の局員ですが、縁あって総合演出を務めました。こんな感じのテレビと関係のない仕事が多いので

イナダシュンスケ|哀愁のサニーレタス

第23回 哀愁のサニーレタス  サニーレタスはよく、何かの下に敷かれて登場します。コロッケ、から揚げ、春巻きなどの揚げ物が多いですが、お弁当だとハンバーグの下に敷かれたりもします。  サニーレタスのもしゃもしゃとした立体的な形状や赤褐色から緑のグラデーションは、確かに茶一色の料理をもググッと引き立ててくれます。そして主役に覆い隠されて見えない部分は、実は配膳の際に、料理の滑り止めとしても機能しています。まさに名脇役。特に居酒屋のテーブルでは、見目も麗しく、実に頼もしいバイ

ピアニスト・藤田真央エッセイ #49〈演奏中に喧嘩が始まり――中国ツアー・後篇〉

『指先から旅をする』が書籍化しました! 世界中で撮影された公演&オフショット満載でお届けします。  9月27日、3公演目は上海で行われた。この日は、ツアー中で唯一YAMAHAのピアノを使用した。以前、日本でお世話になっていたヤマハの調律師さんが上海に赴任していたのだ。彼女は素晴らしい才能とほとばしる情熱を持つ方で、上海公演では是非ヤマハのピアノを使ってくれないかと熱心に打診してくれた。  嬉しいことに、このように日本人調律師の方に海外で出会う機会が度々ある。特にヤマハの元