第15回 今井真実|日比谷でちょっと早めのお昼ご飯。お腹も心も満たされるお粥と焼売
「料理家」という仕事をしていると、ふだんはめったに家から出ることがない。打ち合わせのときも撮影のロケハンを兼ねて、編集者が自宅にやってくることが多いし、その後の撮影ももちろん我が家。撮影後のレシピをまとめるときも、原稿を書くときも、自宅で行う。基本的に、家でぼんやり過ごすのが一番リラックスできる私にとって、不満はない。むしろちょっと作業しては寝転んだりと、いわばもってこいの労働環境なのである。
そんな日常を送る私にとって、めずらしい日があった。
午前中に、オフィス街にある取引先の会社を訪問して打ち合わせ。そのあと5時間ほど空いたのち、また日比谷で打ち合わせが2本入っているというスケジュール。
前日は、予定の立て方について少し悩んでしまった。
5時間……長時間ではあるが、家に帰ってまた出てこようとすると往復で2時間かかる。なんだかそれは、あまりに時間の使い方がもったいない気がする。普段引きこもっているのだし、せっかくだから都心でぶらぶらするのもいいかもしれない。これだけ時間があれば映画も観られる。ノートパソコンを持って出かけるつもりなので、どこかで仕事もできるだろう。そう思いつくと、急にわくわくと遠足気分になる。いつもより大きなバッグに荷物を詰め込んで家を出るとしよう。
そして当日。午前中の打ち合わせは、思ったより早く終わってしまった。やっぱりこの空き時間で映画が観られそうだ。次の打ち合わせの場所の日比谷まで、東京メトロで移動する。
観る映画は、目星を付けていた「2度目のはなればなれ」。日比谷シャンテの映画館で12時過ぎに始まる予定だ。
もうすぐ11時。レストランも早いところだと開く時間だろう。ゆっくりランチを食べる時間はない。それに、朝に食べた玄米と具沢山のお味噌汁が腹持ちが良く、まだそれほど空腹を感じていなかった。いっそのこと映画の後にゆっくり昼食を取ってもいいかもしれないと思い始めた。
東京ミッドタウン日比谷や日比谷シャンテのランチを足早にチェックすると、きらびやかな料理ばかり。予算も2000円前後。それもそうだ。ここは日比谷、華やかな街だもの。でも、いつもの予算より高いランチを急いでかっこむなんて、あまりに「ちがう」気がする。ちゃんと味わって食べなくては失礼だ。それはそうとして、映画が終わるまで、お昼ご飯をあと3時間も食べられないのかと思うと、気持ちがほんのちょっぴりひもじくなる。
そんなとき、あっ! と思い出した。日比谷シャンテといえば「添好運」があるじゃない! 急いで店先に行くと、いつもの光景である長い行列もない。目の前を歩いていた女性二人組が、お店に入っていく。私も乗り遅れてはならぬ、と、メニューも確認せず飛び込んだ。平日の11時だったことが功を奏して、難なく席に案内してもらえた。それでも店内は8割方、お客で埋まっている。あともう少しで満席になるだろう。さすがに1時間もあれば、注文して食べて店を出ることができるはずだ。なんせ、映画館はこのレストランと同じビル。移動の時間を鑑みる必要がない。さっそくテーブルに備えてあるメニューを開く。
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