宮島未奈『婚活マエストロ』刊行に寄せて
『婚活マエストロ』第一話の原稿を担当編集者に送ったのは去年の10月31日のことでした。それから一年で単行本になろうとは、まったく想像していませんでした。
「はじまりのことば」でも書いたとおり、『婚活マエストロ』は担当編集者のオーダーからはじまった話です。
「宮島さんの書く婚活の話が読みたいです!」
と言われたとき、わたしは「○○さんとかに書いてもらったほうがいいんじゃないですか」と別の作家さんの名前を挙げたぐらいで、婚活に対する興味も関心もありませんでした。それが今や……と言いたいところですが、関心度はあまり変わっていません。
それよりも初連載をやり遂げ、三冊目の著書が形になったことに安堵しています。
連載を引き受けたときにはとにかく不安で、「なんで引き受けちゃったんだろう……」とだいぶ後悔していたのですが、猪名川健人というキャラクターが決まってからはなんとかなりそうな気がしてきました。
ケンちゃんは大学時代から同じマンションに住み続け、在宅ライターとして生計を立てる男性です。普段会話する相手はマンションの大家である田中宏とローソンの店員だけという、ミニマムな暮らしを送っています。
そんなケンちゃんが40歳の誕生日に「ドリーム・ハピネス・プランニング」と出会うことから物語がはじまります。
『婚活マエストロ』連載中に、わたしのデビュー作『成瀬は天下を取りにいく』が本屋大賞を受賞しました。
受賞して生活が変わったかとよく聞かれますが、ほとんど変わっていません。
東京に行くと取材を受けたりサインを書いたりと大忙しですが、滋賀に帰ると以前と同じく主婦として暮らしています。
その一方で、たくさんの出会いがありました。ずっと憧れていた爆笑問題の太田光さんと対談したり、山田勝己とSASUKEチャンネルに出たりという経験は本屋大賞あってのものです。書店員さん、出版関係者、メディア関係者と、いろんな人と出会いました。
きっと『婚活マエストロ』のケンちゃんも同じです。鏡原さんや婚活パーティー参加者と出会ったことで、ケンちゃんの世界は確実に変わっています。だけど、日常生活はさほど変わりなく、自分のことをザコいライターだと思い続けているはずです。
本との出会いもそれに近いものがあって、「この本を読んで世界の見え方が変わった」とか、そこまでいかずとも「この本のここが印象的だった」と思うことはよくあります。日々の生活は変わらなくても、その本に出会う前の自分には戻れない、そんな感覚です。
わたしの本からもそういう思いを受け取る人がいるのであれば、光栄に思うのと同時に、責任重大であるとも思います。
このたび一足早く『婚活マエストロ』の著者見本をいただき、手に取った瞬間、素直にうれしいと感じました。引き受けたことを後悔していたものの、あのとき書きはじめたから今があります。
ケンちゃんと鏡原さんがどんな道を歩むのか、最初から決まっていたわけではありません。書いているうちに「こっちのほうがいいかな」「いや、こうはならないな」などと二転三転して、ラストシーンに着地しました。
鏡原さんは真剣な出会いの場を提供することに燃える人物です。真剣な出会いからはたくさんの分岐があって、結婚にたどり着くのはほんの一握りであることを身をもって知りました。
ケンちゃんと鏡原さんが織りなす『婚活マエストロ』。婚活に興味がある人もない人も、お楽しみいただけたら幸いです。
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