見出し画像

イナダシュンスケ|叱咤激励タコライス

第30回へ / 連載第1回へ / TOPページへ

第31回
叱咤激励タコライス


 タコライスはお好きですか? 僕はあれはものすごくおいしい食べ物だと思っています。

 おいしいにもいろいろあります。多くの人がおいしいと思っていて嫌いな人はあまりいない「キャッチーなおいしさ」や、ちょっと伝わりづらいけどしみじみおいしい「渋いおいしさ」、そして好き嫌いがはっきり分かれる「マニアックなおいしさ」、などなど。それで言うと、タコライスのおいしさは、おおむね最初の「キャッチーなおいしさ」にあたるのではないでしょうか。例えば給食で出てきたらみんながワーッと歓声を上げるタイプの、カレーライスと似たような立ち位置です。

 タコライスは戦後生まれの比較的歴史の浅い料理ですが、今や知名度は充分だと思います。昭和の時代を思い出すと、まだその頃は「タコライスと言ってもたこじゃないですよ」的な説明がよくなされていた記憶もありますが、現代においては、もはや誰もが知っている料理と言っても過言ではないでしょう。そしてタコライスには高価で特別な食材は必要なく、作るのも案外簡単です。

 そんな、キャッチーでおいしくて知名度も高く、気軽な料理でもあるタコライスですが、その割にイマイチ人気無いなあ、と思っているのは僕だけでしょうか。いやもちろんそこそこ人気はあると思うんですよ。でもそこそこ止まりってことです。僕はどうしてもタコライスに対して「お前の実力はそんな程度ではないだろう!」とハッパをかけたくなるのです。


 確かにカレーは人気も実力も圧倒的です。しかしその人気を100とするならば、タコライスの人気だって30くらいはあってもおかしくない気がする。しかし実際は5も無い。そんなイメージです。あなた、最後にタコライスを食べたのはいつですか? 年に何回食べますか? そう聞かれてもさっぱり思い出せない人が大半なのではないでしょうか。

 タコライスがなぜブレイクしないのか。僕はどうも世の中のタコライスは、大半が中途半端だからではないかという気がしています。現在タコライスが食べられる店というのは、タコライス自体の知名度の割にはずいぶん少ないわけですが、多くの人がイメージするのはカフェのメニューとしてではないでしょうか。

 しかしカフェのタコライスというのは、どうも頼りないところがある。品よく盛られたご飯に、適度な量のタコミートとチーズがのせられ、そこにどこか言い訳がましくレタスがふわふわとのっている。なんと言いますか、カフェらしく小綺麗にまとまっているんですね。かと言って、オシャレとも言い難い。カフェにはガパオライスなど、もっとオシャレでなんとなく文化的な食べ物がいくらでもあります。

 実力はあるけど人気が出きらない食べ物には、往々にして熱烈なファンが存在します。主に「マニア」とか「通」と呼ばれるタイプの人々です。例えばビリヤニなんてのはその対象になります。しかしなぜかタコライスはなかなかそうはなりません。

 好きな食べ物を聞かれて、「ビリヤニ」と答えるような人は、その瞬間(たぶんですけど)ちょっと誇らしげです。しかしタコライスは、その名を出すことをなぜか躊躇ためらってしまいます。決して恥ずかしい食べ物ではないはずなのに、人前で堂々と言い出すのはどこか気が引ける。なんだろう、語感が良くないのもありますかね。蛸とは関係ないと分かってはいても、どうしてもあの戯画化された蛸の滑稽な絵姿が一瞬脳裏をかすめてしまう。下手すりゃその蛸はねじり鉢巻まで締めています。

 ちょっと鏡の前で「ビリヤニ」と発声してみてもらっていいですか。たぶんそこには、どこかふてぶてしくも慈愛に満ちた、インド映画の名優ラジニカーントのような、いつになくキリッとしたあなたが映し出されるはずです。では次に「タコライス」です。タ・コ、の時点でもう充分マヌケですが、致命的なのは最後のスです。鏡の中には蛸が出現しているはずです。これはかつて、タコライスと聞いて俺の出番かと張り切って舞台に立つも、お呼びでないとにべもなく追い返された幾万の蛸の無念が積み重なった、俗に蛸の呪いと言われている現象です。

ここから先は

2,024字 / 1画像

《読んで楽しむ、つながる》小説好きのためのコミュニティ! 月額800円で、人気作家の作品&インタビューや対談、エッセイが読み放題。作家の素…

「#別冊文藝春秋」まで、作品の感想・ご質問をお待ちしております!