現役医師が描く、衝撃のミステリー|山口未桜『禁忌の子』インタビュー
ある救急医のもとに搬送されてきた溺死体。それは自分と瓜二つの遺体だった――。
第三十四回鮎川哲也賞を満場一致で受賞した『禁忌の子』は、医療現場を舞台にした本格ミステリ。発売直後から反響を呼び、新人のデビュー作にして既に四刷が決定、快進撃を続けている。著者の山口未桜さんは、現役医師だ。
「幼少期から読書が大好きで、小説やノンフィクション、漫画なども乱読していました。高校生時代は文芸部に所属して創作に励み、本気で作家になりたいと思っていた時期もあったんです。でも、結局医学部に進学し、そこから十年以上、執筆からは離れていました」
もう一度筆をとったきっかけは、コロナ禍と出産だった。一度胸にしまった「小説を書きたい」という気持ちが、むくむくと湧き上がってきたという。
「コロナ禍で学会が中止になり、また子育ても始まって環境が変化するなかで『今書かなければ』と思い立ったんです。もともと有栖川有栖さんのファンだったので、小説を学ぶならば『有栖川有栖 創作塾』の一択でした。入塾して最初に書いたのは、女性医師を主人公にした純粋な医療ものでしたが、ある新人賞の三次選考に残りました。その次に書いたのが『禁忌の子』です」
主人公は救急医の武田航。冒頭にも記した通り、彼のもとに、〝武田と同じ姿形をした溺死体〟が搬送されてくる。それは一体何者なのか、武田とはどんな関係なのか――。
「ブランク明けではありましたが、医師としての経験を活かした大きな物語を作りたい、という想いがありました。またある時、『自分と瓜二つの遺体を蘇生する、というのは謎として面白いのでは』とひらめいたんです。遺体の正体を辿りながら、主人公の人生も浮かび上がってくるような物語にしたいな、と。念頭にあったのは、宮部みゆきさんの『火車』です。謎解きミステリの枠組みで、しっかりと人間を描きたいと思っていました」
武田は、旧友の医師・城崎とともに、遺体をめぐる調査を始める。そして、武田の母が妊娠中、一般的には不自然なタイミングでクリニックを変えていたことが明らかになり……遺体の謎を追っていくうちに、武田は自らのルーツを辿ることになる。
「初稿は2~3ヶ月で一気に書き上げたのですが、そこから長い長い改稿期間を挟んで……賞に応募できたのは、初稿が完成してから約一年後。受賞から刊行までの約半年間、担当編集さんに叱咤激励されながら(笑)、さらにブラッシュアップしました」
遺体の真相に近づくにつれて、物語は重みを増していく。ここで取り扱った問題は、安易な気持ちでは書けない、非常にセンシティブな題材だ。
「初稿段階では、まだまだ踏み込みが浅かったので、たくさんの本や論文を読み、勉強を重ねました。正直、精神的に辛く、涙ぐみながら書いた箇所もあります。でも、人間の尊厳に関わる題材なので、エンタメとして絶対に消費してはいけない、逃げてはいけない、誠実に向き合いたいという気持ちがありました」
武田をめぐる人間ドラマも読みどころだが、城崎による推理パートも圧巻だ。
「有栖川有栖さんや綾辻行人さんの作品に代表されるような、ロジックを重ねて解決していく〝新本格〟が大好きなんです。なかでも消去法は、とても綺麗な解法で憧れがあったので、本作に取り入れました」
当直ありのフルタイムで病棟に勤務しながら、4歳のお子さんを育てているという山口さん。その強いバイタリティは一体どこから生まれてくるのだろうか。
「子供が寝た後、23時から2時くらいまで、集中して書いています。もちろん体力的にしんどい時はあるのですが、『未完成な原稿がある』という状態が、どうも気持ち悪くて……。書きたいものがあるから書かざるを得ない、そんな感じです」
本作はシリーズ化が決定し、今は次作『白魔の檻』を鋭意執筆中だ。
「今年の3月に一旦書き上げたのですが、デビュー作同様、改稿に時間がかかっています。直すことは全く苦ではないので、納得のいくクオリティに到達できるように頑張ります。今後、真摯にミステリに取り組むのは勿論ですし、ミステリという枠組みで書く時も、そうでない時も、何よりもエモーショナルな情動を揺さぶる人間ドラマを大事にして書き続けていきたいですね」
写真:深野未季
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