夢枕獏「ダライ・ラマの密使」序章 #007
「匂い?」
「ええ。あの晩、あなたの部屋に入ったおりに、何か、香を焚いたような匂いがこもっていましたが、たぶん、それでしょう。あの空気を長時間吸っていたら、わたしもあぶないところでした」
「どういうことですか」
「スタインさん。人間に幻覚を見させる作用を持った薬物があるのは、御存知でしょう」
「はい」
「ブランデーやワインでも、飲み過ぎれば、似たような症状をおこしたりしますが、もっと直接に、人の脳に働きかけて、短時間で幻覚症状をおこさせるものがあるのです。メキシコのインディ