ピアニスト・藤田真央エッセイ#27〈ラフマニノフが弾いたホールで、彼の曲を――ウィーン・デビュー〉
ブレシア公演の後、幾分空いて5月4日にはツアー2公演目のベルガモ公演が予定されていた。私は前日にミラノ入りし、3月に訪れたイタリアンレストランに向かった。あの時食べたアーリオ・オーリオ・ペペロンチーノが忘れられず、ホテルから20分ほど人混みの中を苦労して歩いた。
待望のペペロンチーノの皿が私の前に置かれ、一口食べてみると少々違和感を覚えた。前回食したような、口に運ぶたびに、さまざまな感動をもたらしてくれるようなものではなかった。私が過剰な期待を抱いてしまったからだろうか。
実は、アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノはこの店のメニューには存在せず、特別にリクエストをし、作ってもらったものだ。決まったレシピがない分、作り手によって毎度味が変わるのかもしれない。今回食したペペロンチーノと私の相性は悪かったのだ。
音楽の世界でもこのような局面は多い。一度素晴らしい演奏をしてお客さんに感動を与え、次のオファーをもらったとしよう。しかし、次の演奏では前回よりも遥かに上回る感動を与えられなければ、そこでお役御免だろう。つまるところ日々鍛錬し、更に良質な音楽を目指し続けないと、生きていけない――この店のアーリオ・オーリオ・ペペロンチーノに再び大切なことを教えられてしまった。
今回のプログラムは、ブレシアのときと同じく《ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番》だ。通常同じ曲でツアーを行う場合、初日前こそリハーサルを入念に行うが、2公演目以降は本番当日に20分ほどのサウンドチェックをするのみである。だが今回は初回から10日以上空き、シャイーはその間スカラ座でドニゼッティのオペラ《ランメルモールのルチア》を上演していたため、予定外だが当日の朝にミラノで再びリハーサルが行われることになった。
2公演目ということもあり、オーケストラの団員も顔馴染みが増え、談笑し、温かいムードの中リハーサルを迎えた。それを一変させたのは、やはりシャイーの響きに対する執着心だった。リハーサルといえども、常に本番さながらのタクトで団員を煽るため、皆が全力でそれに応える。リハーサルが終わった頃には全員疲れ果てていた。
今回の会場はイタリア北部に位置するベルガモという地にあり、ここはガエターノ・ドニゼッティが生まれた場所でもある。劇場も〈Teatro Donizetti 〉と彼の名前が付いた劇場だ。ベルガモの街はミラノから車で1時間ほど。私は車内で睡魔に襲われ、気づいたらすでに到着していた。目が覚めると、ドライバーは駐車場を探すため外に出たのだろう、私一人が車内に残されていた。
ふと窓の外に目をやると、小学生くらいの子ども達が空に向かって石を投げ合っている。イタリアの子どもはなんと野蛮なのだろうと思ったら、なるほど高い木の上にサッカーボールが引っかかり、彼らはそれをどうにか取ろうと懸命に頑張っていたのだ。そんな光景をぼんやりと眺めていると、数分後には辺りは人だかりがしていて、皆で長い棒状のものを探し出して奮闘していた。
そうこうするうちに、1人の男性がその高い木にスイスイと登っていくではないか。周りの群衆は彼にエールを送り、ついにサッカーボールが子ども達のもとへ戻った。子どもたちは、はにかみながら本日の英雄に感謝の言葉を伝えている。しかし、英雄は群衆を振り切り、スタスタと歩いてどこかへ立ち去った。その一部始終を車から眺めることしかできなかった私は歯痒い思いだった。私も黙って背中で語る、あの英雄のようになりたいと強く願った。
間もなくドライバーが帰ってきて、私を劇場の楽屋口に降ろしてくれた。今回の劇場は、ブレシアとは違いリノベーションが施されたホールで、楽屋にもトイレがあり鍵もかかる。
劇場の天井画も非常に美しく、見惚れた。暫くの間見入ってしまい首を痛めそうになったが、この天井画を見るためだけにベルガモを訪れても損はしないだろう。
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