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川内倫子展&野口里佳展――カメラを通じて世界の“偶然”に出会う力|透明ランナー

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 現在時期を同じくしてふたりの写真家の大規模個展が開催されています。
 東京オペラシティ アートギャラリーで開かれている「川内倫子:M/E 球体の上 無限の連なり」展は、柔らかな色調を特徴とする写真家・川内倫子(かわうち りんこ、1972-)の個展です。自然の風景を陰影をもって描き出す作品で知られていますが、本展ではこれまでの印象と違った大胆なイメージが並んでいます。
 前回の記事「世界最大級の現代写真の祭典『Paris Photo』&『Photo Days』 花の都パリから撮り下ろしレポート!」でも少しだけ紹介しましたが、日本を代表する写真家として世界的にもよく知られています。

 東京都写真美術館では野口里佳(のぐち りか、1971-)の個展「野口里佳 不思議な力」展が開かれています。「不思議な力」というちょっと不思議なタイトルは、2014年に発表した〈不思議な力〉シリーズから採られています。台所など身近な場所で起きる物理現象を父の遺品のカメラで撮影した作品です。それまで被写体と距離を置いた作品を制作していた彼女が、身の回りの日常をモチーフにした個人的な作品を作るきっかけとなり、キャリアの転機となったシリーズでした。
 日本の写真界を牽引し、長年にわたりさまざまなシリーズを途切れることなく発表してきたふたりの個展を観ていきたいと思います。


「川内倫子:M/E 球体の上 無限の連なり」

 本展はここ10年間で彼女が発表してきた作品の集大成となっています。展示会場は10の写真シリーズに対応するようにそれぞれのエリアに区切られ、順にたどっていくような構成になっています。
 その中でも中心をなすのが、タイトルにもなっている〈M/E〉シリーズ(2019-)です。アイスランドの氷河を撮影した写真、コロナ禍の外出制限のさなかに撮影した家族や身近な生き物の姿などを、一連のイメージとして並べています。

〈M/E〉

 〈M/E〉の展示室は空間全体を使ったインスタレーションになっていますが、目を引くのが白いカーテンで覆われた中央の空間です。曲線状のカーテンレールから薄いレースのカーテンが吊り下げられ、緩やかに周囲の空間と区切られています。カーテンの中に入ると透明なアクリルと共に構成された小型の作品、バックパネルで発光する写真など、柔らかな感触をもたらす作品が並んでいます。

〈M/E〉
〈M/E〉

――川内さんの個展「M/E 球体の上 無限の連なり」では、新作〈M/E〉を中心に構成されていますね。
川内 2019年に、アイスランドに久しぶりに行きました。娘が2歳になり、海外へ連れて行けるかもしれないと思ったときに、遠い場所へ行きたくなったんです。(中略)アイスランドの旧火山の内部に入っていく体験は、自分にとって大きな収穫でした。マグマがあったところが、今は空洞になっていて入ることができるんです。
野口 すごく面白そうですね。
川内 見上げたときに入り口の穴が女性器に似ていて、自分が地球の内部、地球の子宮の中にいるような感覚になりました。その包まれる感覚が面白かったので、展示会場では建築家の中山英之さんにテントのような構造物を作ってもらいました。

「対談 川内倫子×野口里佳 いま生きている世界のつながりと想像と」
『IMA』2022 Autumn/Winter Vol.38 P.162
(「旧火山」は「休火山」だと思います。原文ママ)

 カーテンの外部には壁一面に〈M/E〉シリーズの写真が展示されています。アイスランドの雄大な自然の風景と手のひらの上に乗る雪の結晶が並べられるなど、ミクロとマクロの世界が1mほどもある大判でプリントされています。

 〈M/E〉の展示室に入る前にある作品が〈A whisper〉です。床面に水や木々の映像が流れるインスタレーションで、鑑賞者はその上をゆっくり踏みしめるように通り抜けていきます。この「作品を踏みしめて次へ行く」という構造は彼女にとって重要な感覚となっているようです。

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