
ブックガイドーー宇宙を知る~ビッグバンから太陽系まで|白石直人
子供の頃、宇宙にロマンを感じ心躍らせた人は少なくないだろう。宇宙の実像は科学によって明らかにされてきている一方、謎もまだまだ残されている。この記事では、宇宙の始まりであるビッグバンから、我々の住む太陽系まで、宇宙について人類が明らかにしてきたことと残された謎を解説した本を見ていきたい。
◆ビッグバン~宇宙の誕生
我々の住むこの宇宙は、138億年前のビッグバンによって誕生した。サイモン・シン・著『宇宙創成(上下)』(青木薫訳、新潮文庫)は、ビッグバン理論が確立するまでの科学者たちの奮闘を中心として、人類が宇宙をどのように理解してきたかを非常に読みやすく書いている。
本書では、かつては信じられていたが現在では誤りとされている理論について、昔の人々は愚かだったと切り捨てるのではなく、その時点での観察事実や実験結果と照らし合わせることで、当時の人々の合理性に目を向けるようにしている。分かりやすいのは、地球中心説と太陽中心説の対比だろう。現在の我々は太陽中心説が正しいことを知っている。しかし、西暦1000年頃までの観測事実は、むしろ地球中心説の方がもっともらしいことを示唆していた。もし地球が動いているのならば、「なぜ我々がその運動を感知しないのか」を説明できないといけない。また、地球が動くのなら恒星の視差(天球上に見える恒星の位置が動くこと)が生じるはずだが、それは観測されていなかった。当時の太陽中心説はすべて円運動を仮定していたため、複雑な周転円を用いる地球中心説の方が惑星運動の予測能力は高かった。地動説の長所としてしばしば取り上げられる惑星の逆行も、周転円を用いれば地球中心説でも説明できた。太陽中心説が現在の地位を得るには、金星の満ち欠けや木星の衛星の発見など、ガリレオの望遠鏡の登場を待つ必要があった。
宇宙の歴史は、かつては「静的に存在し続ける宇宙」と理解されていた。しかし、それはハッブルによる宇宙の膨張の発見によって否定された。それに代わるシナリオとして、ビッグバン宇宙論と定常宇宙論(宇宙は定常膨張しながら永遠に存在している)があった。「宇宙創造の瞬間があり宇宙は有限の歴史しか持たない」というビッグバン宇宙論はあまり直観的ではなく、また提案当初の観測データだと宇宙の年齢が地球の年齢よりも若いというおかしな結果が導かれていたため、ビッグバン宇宙論はあまり支持されていなかった。しかしその後、ビッグバン宇宙論特有の非自明な予言がいくつか提出された。その一つが、宇宙に存在する軽い元素(水素、ヘリウム)の比率が、ビッグバン宇宙論から計算できる、というものである。また、宇宙マイクロ波背景放射という、全天にわたって温度3Kのマイクロ波が存在するという予言もなされた。こうした予言が観測ときれいに一致したことにより、ビッグバン宇宙論は確固たる理論として受け入れられた。
◆ブラックホール~信じがたき存在
一度吸い込まれたら光さえもそこから出ることは出来ないというブラックホール、この極めて特異な存在は、物理学を学んでいなくてもSFなどで耳にしたことはあるだろう。キップ・S・ソーン・著『ブラックホールと時空の歪み アインシュタインのとんでもない遺産』(林一、塚原周信訳、白揚社)は、ブラックホールの物理とその解明の歴史について、詳しく解説している良書である。著者のキップ・ソーンは、重力波観測でノーベル物理学賞を受賞する一方、映画「インターステラー」の監修を務めるなど一般向けの科学のアウトリーチも熱心に行う物理学者である。
ブラックホールは、一度入ったら二度と出ることが出来ず、その内部では重力が他のあらゆる力を凌駕するため、すべてのものが一点に向かって爆縮する。こうした凄まじい性質をもつ存在であるブラックホールは、アインシュタインの一般相対性理論の方程式を解くことで導かれるものである。ところが、このようなブラックホールの存在はあまりにも反直観的な存在であったため、一般相対性理論を生み出した当のアインシュタインは、ブラックホールの存在を否認した。むしろ、「ブラックホールは存在してはならない」ということを暗黙の前提として、一般相対論から新しい予言を導き出そうとした。ただしこれはアインシュタインに限った話ではなく、同時代のほとんどの物理学者も、ブラックホールは「存在してはならないもの」だと考えていた。
実際、ブラックホールの発生を阻みそうな性質の候補はいくつもあった。例えば、電子の量子力学的な効果は「縮退圧」と呼ばれる力を生み出し、それが重力と拮抗して爆縮を防ごうとする。星の核融合反応が止まった後、この両者が拮抗しているのが「白色矮星」である。また同様の効果は中性子も持っており、星の核融合反応停止後、中性子の縮退圧が重力と拮抗している星は「中性子星」と呼ばれる。しかし、十分に重たい星の場合には、こうしたメカニズムをすべて凌駕して、星はブラックホールになってしまうのである。
対称性が高く解が計算出来るきれいな宇宙[1]のアインシュタイン方程式を解くと、時空特異点を伴うブラックホール解が得られる。時空特異点とは、その時刻より先で何が起きるのか、物理法則(アインシュタイン方程式)では一切予言が出来なくなる点のことである。つまり、物理法則に従って解を求めると、それ以上物理法則が成り立たなくなる点が得られてしまうのである。特殊な設定の数学的な計算の中でならばともかく、現実の物理現象においてこのような特異点が現れるのはあまりに奇妙なので、当初は「時空特異点が現れたのは対称性が非常に高かったせいであり、現実的な(対称性の低い)宇宙の状況では時空特異点は生じないだろう」と考えられていた。ところが、実は一般的な宇宙の初期設定の下でも、宇宙は必ず時空特異点を生み出してしまうことが数学的に証明されてしまった[2]。時空特異点は、一般相対性理論に従う限り避けがたい存在なのである。なお、ほとんどの場合に時空特異点はブラックホールの中にあるので、ブラックホールの外側にいる我々には影響は及ばないが、ブラックホールの外に時空特異点が出来てしまう可能性[3]も本書では論じられている。
ブラックホールは宇宙の様々な場所に存在するが、特に銀河の中心には巨大ブラックホールが存在すると考えられている。本間希樹・著『巨大ブラックホールの謎 宇宙最大の「時空の穴」に迫る』(ブルーバックス)は、そうした巨大ブラックホールの科学を平易に解説した本である。著者は、2019年に世間を騒がせた「ブラックホールの直接観測」のプロジェクト[4]の日本チームの代表でもある。本書はその観測前に出版されたものだが、本書最後にはブラックホール直接観測のしくみが解説されるとともに、直接観測が目前に迫っていることも書かれている。
ブラックホールは光さえ吸い込むものだが、実は同時にブラックホールは「宇宙で一番明るい天体」でもある。一見矛盾しているように見えるが、実はそうではない。ブラックホールの周りにはブラックホールに落下中の物体が多数存在し、それが降着円盤と呼ばれるガスを形成する。物体がブラックホールに落下する際にはエネルギーの一部が光となって出ていくが、ブラックホール落下時に物体が獲得する重力の位置エネルギーは非常に大きいため、放出される光も莫大な量であり、そのためブラックホールの周りの降着円盤は非常に明るいのである。ブラックホールの直接撮影でも、降着円盤の明るさと、光を吸い込むブラックホールの黒い部分を対比させる方法を用いている。