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イナダシュンスケ|からいもの思い出

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第32回
からいもの思い出


 鹿児島市内に住んでいた小学2年生の頃、クラスに奄美大島からMくんという転入生がやってきました。ガッチリとした短躯に浅黒い肌、黒目がちな丸い目の少年でした。彼の家は、僕が当時家族と住んでいたのと同じアパートにありました。そのアパートは一棟が丸ごと父親が勤めていた銀行の社宅で、僕の父親とMくんのお父さんは、会社の同僚でもあったということになります。

 実はMくんと特別に仲良くなった記憶はあまり無いのですが、近所のよしみとでもいった感じで、時々一緒に遊びました。場所はもっぱらそのアパートの庭や、昼間はほとんど車が停まっていない駐車場でした。

 ある時Mくんはその庭に、紙袋に入ったおやつを持って現れました。紙袋の中身はさつまいも。Mくんはそれを真ん中から2つに折って、ひとつを僕にくれました。そして紙袋からさらに、今度は細いメザシも取り出し、それも僕に一本手渡してくれました。唐突にそんなものを渡されて困惑している僕にMくんは、こうやって食べるんだ、とお手本を示してくれました。さつまいもを2つに折った断面から、メザシを尻尾からずぶずぶと、頭の部分まで差し込むのです。

 そんな食べ方は初めて見ました。正直、変な食べ物だなあ、と思いました。そして失礼ながら、これはおやつとしてはあまりにも貧乏くさいのではないか、とまで思いました。子供ながらにもちろん、そんなことは思っても口に出さない程度の分別はありましたが。

 しかしMくんに倣ってそれをおずおずと食べ始めると、僕はその意外なおいしさに少し驚きました。実は僕は(ずっと鹿児島に住んでいながら)さつまいもがあまり好きではありませんでした。うすら甘くてモサモサして、なんだか喉につかえるようだったからです。メザシも好きではありませんでした。苦くてしょっぱくて生臭いメザシを好物と言い切れる子供は、今も昔もそうそういないでしょう。

 しかしその両者が合体したそれは、言うなれば互いが互いの欠点を補うかの如くで、不思議とおいしく食べることができました。これはなんという食べ物なのか、とMくんに問うと、彼はしばらくキョトンとしてから「からいもとメザシ」と答えました。からいも(唐芋)というのは、さつまいもの鹿児島での呼び名です。つまり特に名も無きおやつってことです。僕は、これはとてもおいしい、と素直に感想を述べました。Mくんは少し嬉しそうでした。


 その夜僕は父親に、その「からいもとメザシ」の話をしました。からいもにメザシをブッ刺すなんて初めて見て驚いた、というところから話し始めると、父親は、

「それは『島』の食べ物だな」

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