今井真実|帰りの空港で味わった、つるつる博多うどん
第6回 帰りの空港で味わった、つるつる博多うどん
「なぜ、母親は子どもが体調を崩した時に自分を責めるのか」という言葉が頭に浮かぶ。うーん、これだと主語が大きいかも。なぜ「私」は、子の不調の時にいたたまれない気持ちになるのだろうか。
連泊している博多のホテルの部屋から、朝いつものように家に電話をかけた。出張中は、毎日電話越しに「いってらっしゃい」と出かける家族に言うのが習慣なのだ。もうそろそろ登校時間だと思い電話をすると、子どもたちに熱があるんだよと、夫が疲れをにじませながら言った。ああ、なんで、出張中に限って。「そうなの!? 本当にごめん」と反射的に謝ると、「なんでごめんなの。大丈夫だよ」と夫。そう、なのだけど。なぜか、ついつい忙しい自分が一因なのではないかという気持ちに捉われてしまう。幸いなことに彼らは高熱が出たわけではなく、受話器越しに「おかあさーん」と声も聞こえてきた。ごめんね、こんな時にいなくて。心が押しつぶされそうだ。メイクはとっくに済ませていたから、マスカラがにじまぬよう、つつつと溢れた涙を丁寧に畳んだティッシュで器用に受け止めた。
夫と手分けして学校に欠席の連絡をしているうちに、気がつけば仕事の集合時間まであと10分。急いで昨日コンビニで買っておいたプロテインを冷蔵庫から取り出し、ぎゅぎゅぎゅっと飲み干す。そうだ、帰りの飛行機の時間を早めよう。パソコンで航空会社の予約画面を開いた。
秋ごろから、食の展示会の手伝いのため月に1回の出張が始まった。今回はその初回。しかもずっと来たかった福岡だった。今まで博多を訪れたのは20年ほど前に一度だけ。たらふく美味しいものを食べた記憶が鮮明で、今回も食に詳しい友人に聞き、行きたいお店のサイトをいくつかブックマークしておいたのだった。その中でも、とりわけ楽しみにしていたのが博多うどんのお店。焼きうどんが名物のお店があるらしく、友人はそこで働きたいほど愛しているらしい。どこかで時間を作って立ち寄ろうと思っていたけど……そんな考えは端から甘かった。
最終日はホテルから空港に直行。荷物を預けたら次に立ち寄るのはおみやげ屋さん。福岡に行きたがっていた娘のために、スマホに送られてきたリストをチェックして買い物をする。LINEをする元気はあるようで、お気らくな文面に少しほっとした。
リクエストにはやたら「餅」の文字が多い。こんなにいるのかなあ、おもち。そんなに、空港にあるの? おもち。とまどいながら、梅ヶ枝餅……筑紫もち……と探していると、今度は自分が食べたいものばかり見つけて目移りする。ああ、おすすめの明太子をだれかに聞いておけば良かった。種類が多すぎて決められない。なに? 久原本家の明太子なんてあるの!? そうだ今日はくたくただから、夜ご飯のために水炊きセットも買っておこう。なになに明太キッシュ? わあナイスアイデア、それは絶対おいしい! 気持ちがどんどん盛り上がっていく。
結局、腕がちぎれそうなほど買い物をしてしまった。観光をする時間はなかったけど、これだけおみやげがあれば家族と福岡を楽しめる。
ちょうどお昼どきに差し掛かった。飛行機の時間にはまだ余裕がある。そうだ、ここにもおうどん屋さんがあるかしら……。空港の案内図を見てレストランフロアに向かうと「博多やりうどん 別邸」というお店を発見した。メニューを見るとごぼ天と丸天が入っているうどんが名物みたい。疲れている体に揚げ物は重いかしら、と躊躇した。考え直そうと、レストランフロアをもう1周する。……それでも、やっぱりおうどんが気になっちゃう、と意を決してお店に入った。
「#別冊文藝春秋」まで、作品の感想・ご質問をお待ちしております!