今井真実|沖縄で「台湾素食」のやさしさを噛みしめる
第7回 沖縄で「台湾素食」のやさしさを噛みしめる
空港に降り立ったとたん、暑くてセーターにじっとりと汗がにじむ。12月でもやっぱりこんなに暑いんだ……東京は凍えるほど寒かったのに。トイレに駆け込み、急いでヒートテックの下着とデニムの下に穿いていたレギンスを脱いだ。ふう、さっぱり。よーしこれで良し。
脱いだ服をスーツケースに突っ込んで、がらがらと引きながら空港の外に出る。空が青い、広い。私、本当にひとりで沖縄に来ちゃったんだ。出張とはいえ、こんなことが私の人生に起こるなんていいのかな、と小さく不安になった。
今回滞在するホテルは那覇の国際通り。ぴかぴかのロビーに、いつも泊まるビジネスホテルよりゆったりとした部屋は、リゾート気分をさらに盛り上げる。少し落ちかなきゃと自制するも、嬉しくて座りもせずに窓の外をずっと眺めてしまう。無論、この街中どこからでも海が見えるわけではないのだけど。
沖縄といえばステーキ文化が有名だ。今回の私の旅の目的も、明日開催されるビーチでの牛肉の展示会で料理をふるまうためだった。
明日の仕事の集合はお昼前だから、朝食はゆっくり食べられる。せっかくだからホテルの朝食ビュッフェではなく、どこか歩いて行けるお店を探してみよう。自分で思いついた計画ににやにやして、ベッドに寝転びスマホで「朝ごはん 国際通り」と検索をかけた。観光地だからか、おいしそうな朝ご飯のお店の情報がずらりと並ぶ。
そんなに値段は高くなくって、こってりしてなくて……。沖縄そばはもう今日のランチでさっそく食べちゃったし、ハンバーガーやエッグベネディクトとかじゃないんだよ、とぶつぶつ言いながら、あ、ここいいかもとスクロールをしていた指を止めた。「朝8時から台湾の精進料理『台湾素食』が楽しめるお店」と書いてある。「素食」というのは台湾の精進料理。菜食の一つのジャンルとしても、世界的に有名だ。前々からこの台湾素食に興味があったので、願ったり叶ったり。「金壺食堂」というお店の名前だけ文字選択をして、地図アプリにコピー&ペーストした。経路を検索するとホテルから歩いて7分。距離もちょうどいい。ここに決まりだ。
次の日の朝、準備をしてさっそくお店に向かう。アーケード街を抜けたところにあるようだ。まだ朝も8時過ぎと早いせいで商店街はどこもシャッターが閉まっているが、色とりどりのペイントがほどこされていたり、時代を感じさせる古びた店構えがおもしろい。アーケードは時折、道が迷路のように分かれていくので、きょろきょろと観察しながら間違えないようにゆっくりと歩く。
細い路地の入り口に野菜の行商の準備をしているおばあさんがいた。暗い道に、朝日がさして濃く見える陰影に、並んだ野菜の色が映える。冬の季節でも、沖縄では採れたての鮮やかな夏の季節の野菜が売られている。この日もたしかに歩くだけで汗がにじんでハンカチが手放せないほどの暑さだった。こんなに気候がちがうのかと、沖縄の生活の呼吸が感じられてしばし見惚れてしまった。光がまるでフェルメールの絵のよう。旅先ではいつも印象的な景色に出会うけれども、この日の朝の光景は忘れ難い瞬間となった。
「金壺食堂」へは難なく辿り着けた。席はあいにく満席だったが、店主に「相席でどうぞ」と案内される。外国人の女性のテーブルに一緒に座らせていただいた。ビュッフェ形式の朝食はなんと600円。インターネットの情報で確認はしていたけれど、このご時世でも値上げはされていないようだった。
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