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ピアニスト・藤田真央エッセイ #67〈祝・優勝!――ベイスターズと私〉

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  2024年11月3日。私は今、猛烈に感動しています。この感動をどうしても未来に残したいと思い、エッセイの冒頭に寄せさせて頂く次第です。音楽からは遠ざかってしまう話題ですが、どうぞお付き合いください。

 皆さまご存じの通り、私の生活の大部分はピアノの練習と音楽の勉強に費やされているのですが、そのわずかな隙間時間に欠かさず続けていることがあります。それは愛する横浜DeNAベイスターズの試合結果をチェックすることです。欧州からでもアクセス可能なサイトを使用し、勝敗はもちろん選手がどのような成績を収めたかまで、毎日確認しています。
 音楽家に休みはありません。コンサートのない日は練習、年中無休24時間体制のお仕事……。そんな日々を送る私の唯一のオアシスが野球、そして横浜DeNAベイスターズなのです。

 なぜ私がこのチームをこれほどまでに愛するようになったのか。最初の出会いは幼少時、長野県に住んでいた頃のことです。父に連れられ、兄と長野オリンピックスタジアムにて横浜対巨人の試合を観戦しました。当時8歳の私は野球のルールは全く理解しておらず、もちろんどちらのチームのファンでもなかったので、ボールがバットに当たるたびに騒いだことを覚えています。最も興奮した瞬間は、当時日本最速記録の豪速球を投げるマーク・クルーン投手が9回に登板した時でした。クルーンが一球投げる度、スピードガン表示に目をやり、こんなにも速い球を打てる人がいるのかとワクワクしたものです。
 この日は横浜が勝利を収めたおかげで、幼い私はベイスターズは強いチームなのだと確信しましたし、「野球といえばベイスターズ」という方程式が私の中で生まれました。こうして”横浜”の虜となり、やがてファンであることを自認し始めました。

 ですが現実はそう甘くなく、横浜は2008年から5年間最下位となり、私が虜となったクルーンは早々に読売巨人軍へ移籍してしまいました。小学校、中学校の友人たちは巨人・阪神のファンが多数派で、いつも勝てないベイスターズを応援する私は貶されたこともありました。
 これまでベイスターズが日本シリーズを制したのは1960年、そして1998年のたった2回しかありません。1998年11月28日生まれの私は生まれてこのかた一度もベイスターズの監督の胴上げを見たことがないのです。「ベイスターズはどのくらい優勝していないの?」との問い対して、私の年齢を答えれば優勝していない期間が判明してきたものです。それがついに今日、終焉した……。ベイスターズがとうとう日本シリーズを制したのです。歓喜以上のものが込み上げてきます。

 振り返るとこれまで、ベイスターズは私に多大なる勇気を送ってくださりました。たとえばクララ・ハスキル国際ピアノ・コンクール、ファイナルを迎えようとしていた日。この前日まで私のみならず、全ベイスターズファンが興奮の嵐に飲み込まれていたのではないでしょうか。当時首位だった広島相手に、3試合連続サヨナラ勝ちを収めたのです。初戦は9回に一挙4得点、それも3者連続ホームラン、2戦目は一点差で負けていた9回裏2アウトからホームランで同点に追いつき、続く10回にサヨナラ勝ち。3戦目は3点差をじりじりと追いかけ、逆転サヨナラ。どの試合も白熱した試合でしたが、最後の最後まで諦めず戦い抜く強い気持ちを教えられた気がしました。これに大いに奮起させられ、今度は私が頑張る番だと自分自身にハッパをかけながらコンクールのファイナルの舞台に立ちました。結果、優勝を果たすことができました。

 2019年、チャイコフスキー・コンクールの二次予選の日。私の携帯はベイスターズが点を入れる度に通知が来る設定となっているため、朝起きて溜まった通知を確認した時息を呑みました。1回表に対戦相手の楽天が6点を取ったと思ったら、ベイスターズがその裏にすぐ7点を取り返していたのです。結局試合は負けてしまったものの、どんなピンチに遭おうと諦めない勇気をもらい、モスクワ音楽院の舞台に立ちました。そしてこの日も無事に、ファイナルに駒を進めることができました。

 そう、私が今こうして欧州で躍進できているのも、ベイスターズの選手の方々の活躍のお陰なのです。そして今日、ベルリンにてベイスターズの日本一を生まれて初めて経験することができました。
 私は明日からの1週間でフェラーラ(イタリア)、パリ、ニューヨーク、そして能登半島を回ります。彼らの勇姿を胸に、私自身も輝けるよう頑張ります。
 改めて横浜DeNAベイスターズのみなさん、優勝おめでとうございます。

★次回公開:2024年11月25日(月)予定★


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