今村翔吾「海を破る者」#024
見渡す限りの蒙古軍が海を埋め尽くしている。
これが最後の戦――六郎たちは決死の覚悟を新たにした。
江南軍の船が迫って来た。季長は素早く矢を番えて弓を引き絞る。
「大将を射抜いてやるわ」
季長の弓は並のものより弦を強く張っており、射程が長い。矢は見事に頭に命中したものの、兜に弾かれて宙を舞い、海へと落ちていった。季長は大袈裟な舌打ちを見舞い、
「固い兜じゃ」
と、はき捨てた。
蒙古軍の兜は、日ノ本のものとは大きく異なる。人が被る兜は重さに限界があるため、鉄の厚さはさほど変わらないだろう。だが蒙古軍のものは形がつるりとした流線形であるため滑り弾きやすく、矢が貫通しにくい。敵将は動揺で左右に首を振っているが、躰には何の影響もないように見える。
「狙うならば、この辺りがよいでしょう」
そう言うなり、続けて矢を撃ったのは庄次郎である。矢は海とほぼ平行に飛翔し、将の喉元に突き刺さった。将はあっと首を押さえるが、すぐにどっと膝から頽れる。
「おお、上手い」
「随分と衰えました」
季長が瞠目するが、庄次郎は頰を苦く緩めた。確かに若い頃の庄次郎の腕前はこの程度ではなかった。
「始まりますぞ」
庄次郎は続けた。間もなく、江南軍の軍船は普通の弓の射程にも入る。やや日ノ本の弓の方が射程は長いものの、そう時を置かずに向こうからも矢が飛んで来るだろう。そうなれば狙いも何も無い。矢の幕と、矢の幕が衝突するようなものである。
「放て!」
引き付けたところで、六郎は利恒の太刀を掲げた。
それを合図に道達丸から一斉に矢が放たれる。正面から向かって来る船だけでなく、すり抜けて陸を目指さんとする船もいる。それら全てに向けて矢を射掛ける。天空から見下ろしたならば扇を広げたような恰好であろう。
「ひたすらに射掛けよ! 矢を惜しむな!」
六郎は味方に向けてさらに叫んだ。
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