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今村翔吾「海を破る者」

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日本を揺るがした文明の衝突がかつてあった――その時人々は何を目撃したのか? 人間に絶望した二人の男たちの魂の彷徨を、新直木賞作家が壮大なスケールで描く歴史巨篇
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今村翔吾「海を破る者」 はじまりのことば

 世界の長い歴史において最も大きな版図を築いた国はどこか。面積ならば第1位は大英帝国で、その国土は3370万㎢に及ぶ。だが当時の世界における人口比率で考えると20%で、大英帝国は首位から陥落する。  では人口比率から考えた第1位はどこの国か。それが本作の一つの核となるモンゴル帝国である。その領土はあまりにも広大で西は東ヨーロッパから、東は中国、朝鮮半島まで、ユーラシア大陸を横断している。そして当時の世界人口の25・6%、実に4人に1人がモンゴル帝国の勢力圏で暮らしていたこと

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今村翔吾「海を破る者」 #001

日本を揺るがした文明の衝突——その時人々は何を目撃したのか?  人間に絶望した二人の男たちの魂の彷徨を、新直木賞作家が壮大なスケールで描く歴史巨篇 序章 時を追う毎に一人、また一人と、集まって来る。  壁の無い茅舎のような粗末な御堂には、弟子や教えを聞きに来た近郷の僧で溢れ返り、その周囲を数十の民たちが取り囲んでいる。  一遍はすくと立ち上がった。他の僧たちも慌てて立ちあがろうとするのを手で制す。 「まだよ」  弟子の一人が物言いたげな目をしている。 「暑いな」  一遍は手

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今村翔吾「海を破る者」 #002

第一章・西海の夏 六郎は時折一人で漁に出る。  釣り竿一本を持って小舟に乗り込み、自ら櫂を漕ぐ。獲物を獲るのも好きだったが、こうして海原の中にぽつりといる事自体を好んだ。  白波に揺られ竿を垂らし、海猫の声に耳を傾けながら六郎は目を細めた。海原の中で、海の果てを見つめ、あの先に何があるのかと夢想する、子どもの頃からの癖は変わっていない。  未だ己の知らない陸があるかもしれない。ならばそこには身に着ける衣服はもちろん、相貌も異なる者たちが営みを送っていることも考えられる。もしか

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今村翔吾「海を破る者」 #003

 河野家の本貫地は風早郡河野郷である。先祖は国衙の役人として働いていたが、源平合戦で活躍して以降、この水居津の辺りまで勢力を広げることになった。  承久の乱で失ったのは、本貫地である風早郡なのだ。故に亡くなった父、伯父、郎党に至るまで、いつか河野発祥の地を取り戻すという宿願がある。だが六郎は流石に口には出せぬものの、  ——残ったのが水居津でよかった。  と、心より思っていた。  風早郡河野郷は内陸部にあり山も険しく決して水田も多くない。この水居津に残った領地は広さこそ風早郡

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今村翔吾「海を破る者」 #004

 蟬の声が絶えると共に、少しずつ山野が色づき始めた。伊予は気候が安定していることもあり、毎年稲の実りは悪く無く、他の国に比べれば飢饉が起こることも珍しい。日々の暮らしが厳しくなると人の心も荒むものだ。伊予人に温厚な者が多いのもこの気候と無関係ではあるまい。  弘安元年(一二七八年)の秋は例年以上の豊作となった。百姓たちは豊穣を祝い、河野家としてもそれは嬉しい。が、手放しでは喜んでいられぬ事情もあった。そもそも河野家には、  ——土地が足りていない。  のである。  承久の乱で

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今村翔吾「海を破る者」 #005

 師匠役を務めて欲しいと頼むと、庄次郎は初め露骨に渋った。 「得体が知れぬ男です。御屋形様の命を狙っているかもしれません」  と、しかめ面で言い放ったのである。 「繁がこの国の生まれではないからか」  六郎は思わず言い返した。庄次郎は白い片眉を上げて微かな驚きを見せた。が、この程度で臆する男ではない。ゆっくりと首を横に振って言った。 「違います。たとえこの国の者でも答えは同じです」 「お主の目には……繁や令那が間者や刺客に映るか?」  承久の乱で新たに伊予に土地を得た御家人た

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今村翔吾「海を破る者」 #006

「御屋形様!」  部屋の前にいた布江が呼びながら近づいてきた。豪胆な布江にも似合わず、その顔は真っ青に染まっており、ただ事ではないことを察した。 「まさか……」  布江はすぐ近くまで歩み寄って囁いた。 「令那がおりません」 「最後に見た者は」 「半刻ほど前、御屋形様の部屋に向かうのを見た者がいます」  状況だけ見れば令那が下手人である。信頼が揺らぎそうになった六郎の脳裏に浮かんだのは、あの日、己に縋るように泣いた令那の姿であった。 「いや……違う。何か事情があるはずだ」  六

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今村翔吾「海を破る者」 #007

 年が暮れて弘安三年(一二八〇年)となった。この冬は温暖な伊予にしては珍しく、凩が吹く肌寒い日が続いていた。  普段は賑やかな市もどこか元気がない。伊予人は寒さに慣れておらず、背を丸めて身を揉むようにして歩む者が多かった。  活気が無いのは人の気の問題だけではない。穏やかな瀬戸内には珍しくここのところ海が荒れていて九州と畿内を往来する商船が少ないことや、漁に出ることが儘ならず魚が市に並ばぬことも原因である。 「二年続けて稲の実りは良かったから百姓はよいが、こっちはまるで仕事に

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今村翔吾「海を破る者」 #008

 繁と剣を交えて、令那から故郷の名を聞いてから三月ほど経った。あれから徐々に寒さは和らぎ、今では桜の花が綻び始めるようになっている。結局、あれが今年最初で最後の雪になった訳だ。  麗らかな昼下がりのことである。六郎は文机に向かっていた。風を取り込むために障子を開け放っている。小鳥が時折囀り、差し込んだ陽が廊下を暖かに照らしている。 「来たか」  跫音が近づいてくるのを察し、六郎は筆を擱いた。姿を見せたのは繁、そして令那である。月に一度ほど、二人と語る時を持つのは続いている。

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今村翔吾「海を破る者」 #009

 拿捕した赤船は釣島に曳航し、海賊たちのうち無傷の者は牢へ、怪我を負った者には手当を、死んだ者は弔った。六郎は生き残った海賊に何故、瀬戸内に姿を見せたか尋問した。すると返って来た答えは意外なものであった。 「向こうにいては元に殺される」  彼らは生まれながらの海賊という訳ではない。元は南宋に拠点を置いた商人であった。だが南宋が屈服すると、元に協力的であった商人だけが今後も商いをすることを許され、彼らは船を持つことも禁じられた。故に海に逃げだしたのだが、元は執拗に取り締まり、行

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今村翔吾「海を破る者」 #010

 弘安三年も間もなく暮れようとしている。正月といえば一年のうちで最も大きな祝い事の日で、年が終わるまでに様々な支度に追われることとなる。  庶民でもそれなりに支度をせねばならないのだ。名門御家人の河野家ともなれば、伝統だ、外聞だなどと何事も大掛かりとなってくる。屋敷の中では身分、男女の区別もなく皆で支度に奔走していた。  しかし六郎はというと、  ——特段やることがない。  のだ。何一つである。  毎年、この季節になると、何故だろうかと六郎は考える。  まず考えられるのは当主

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今村翔吾「海を破る者」 #011

 道中、近隣の村から見物に出ている者もいた。彼らは皆、己に向けて手を合わせて拝む。  己を拝むことで、祈りを仮託する意味合いもある。つまり己が民の分まで代参するのだ。領主であるが、この時ばかりは、神官としての性質も孕んでいる。  当主に支度を手伝わせないのは、初詣の前に休みを取らせるためではないかと繁は言ったが、実際は代参者としての神聖さを保つためではないか。確証はないし、もっともそうだとしても、それで神聖さを保てる道理が解らないのだが。世の中一見無意味に思えるものにも、何か

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今村翔吾「海を破る者」 #012

 寒明を過ぎ、海を撫でる風にも春の香りが漂い始めていた。六郎は釣り竿を手に久しぶりに海へ出た。今日は繁も誘ってはいない。小舟に一人、波に揺られながら糸を垂らしていた。  ——近いだろうな。  釣れるのがではない。蒙古の襲来、河野家への出陣の命が下るのがということである。  元は併呑した宋の造船技術を取り入れ、夥しいほどの船を作っている。大陸をまたにかける商人がそれを見て、日ノ本に伝えたという。  噂は万里を駆け、水居津の湊に入ってくる船の商人の耳にも届いており、 「戦が始まれ

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今村翔吾「海を破る者」 #013

 郎党たちが進み出るのを制して、布江は六郎が負ぶった。そして一歩、また一歩と踏みしめるようにして戻る。襲撃者の男には縄を掛けて連行し、残りの郎党には探索に出た者を集めるよう命じた。令那は泣き止みはしたが茫然自失といったふうで、繁に手を引かれている。令那の痛ましい様子が余程応えるようで、繁の手は小刻みに震えていた。  襲撃のあった地点で合流した通時は、何があったのか一目で察したようだった。 「やはり、大祝家です」 「左様か」  短いやり取りの後、戻った郎党全員に向け六郎は叫んだ

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