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今村翔吾「海を破る者」#023

「我が軍が抜かれれば、日ノ本は終わりだ」
夥しい数の江南軍の来襲に、六郎は最前線で戦うと意を決した。

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 こうなん軍が来た。はんれいが旅立ってから四日後のことである。じわり、じわりと海を黒く染め上げつつ近付いて来る。島と海の見分けが付かぬほど、おびただしい軍船の数であった。一艘、一艘が発する音はさほど大きくないだろうに、これほどの数となればやはり違う。海鳴りを彷彿とさせる不気味な音が陸にまで届いていた。その数、博多に来襲したもう軍の倍以上はあるかと思われた。軍兵は十万を下らぬだろう。
 一方、この地を守るちん西ぜい軍は三万騎。幾ら鎌倉武士が勇猛とはいえ、正面から戦って勝ち目は無い。江南軍が船の碇を下ろして上陸したのはひらじま。そして、たかしまである。
 鎮西軍は船を出して妨害することはおろか、矢の一本も放つことはなかった。対岸に陣取って黙然とそれを見守るだけである。機を逸した訳でも、恐れから動けなかった訳でもない。
 ——平戸、鷹島を始め小島は捨つる。
 軍議の場でそう決まったのだ。
 ただでさえ鎮西軍の方が少ないのに、それぞれの島に兵を配してしまえば各個撃破されていくだけ。ならば最初から小島は捨てて、江南軍の拠点として与えてやる。そのため島民もあらかじめ此方へと避難させた。
 さらにこの島々、日々の暮らしに困るほどではないものの、十万を超える兵に対して飲み水が十分にある訳ではない。つまり島に釘付けにさえ出来れば、やがて江南軍は消耗していく。さらにもう一つ、島に張り付かせておくことの利点がある。
 夏の盛りのこの時期だ。この国に生きる者ならば、必ず来ると皆が知っている。森を薙ぎ倒し、山を削り、川を暴れさせ、海に混沌を呼ぶもの。
 ——野分。
 である。

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