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伊岡瞬「追跡」#005

航の保護に成功した樋口だったが、高速道路のサービスエリアでなぜかアオイに置き去りにされてしまう。そこに警察官が現れ、樋口は——

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13 火災二日目 樋口(承前)

「その話は長くなるからやめましょう。知り合い、とだけ答えておきます」
 二人の反応はない。顔もほとんど見えないので、機嫌がいいのか悪いのかもわからない。
「そんなことより、暗くなる前に腹ごしらえしませんか」
 ぐちは話題を変えた。ダッシュボードの時計は午後六時二分を表示している。返答を待たずに続ける。
「日没まであと一時間ほどですし、このあたりは山の陰になっているから、すでに日もかげり始めている。もっとも、刑事さんにとってはまだまだ宵の口かもしれませんが」
 樋口の淡々とした物言いに、前席に座る二人の刑事は顔を見合わせた。冗談なのか、別の意味を含んでいるのか、考えているのかもしれない。
「自分は少し腹が減りましたが——」
 運転席のが、前方に視線を戻し、そう答えた。見たところせいぜい三十歳ほどだろう。食欲旺盛そうな体格だ。
「あんた、さっき結構食ってたがな」
 助手席のつきしまが、少しあきれたように肩をゆすった。
 今の会話で、この二人の仲は悪くないがそれほど深い付き合いでないこともわかった。誘いを重ねる。
「薄暗いと思ったのは時刻のせいだけじゃないようですね。なんだか、ぽつぽついってきましたよ。通り雨かもしれませんが」
 樋口の言葉に、二人はそれぞれ自分の側の窓から外を見た。
「ああ、ほんとだ」
 津田はうんざりした声を上げたが、築島は空を見上げただけで何も言わなかった。
 樋口がさらに重ねて勧める。
「ここはパーキングエリアパーキングエリアだから、たいしたものは売ってないかもしれませんが、今のうちに何か仕入れますか? ——いや、その前にトイレか」
「そういえば、トイレにも行っておきますか」
 津田がまた素直に答える。築島がこんどはかすかに鼻を鳴らした。
「樋口さん、わたしたちを追い払ってどうするつもりです?」
 津田が、小さく「えっ」と声を上げて、肩越しに振り返った。その驚いたようなとがめるような顔に、苦笑の会釈で答える。
「築島さんにはきかないか」
「まさか、乗り逃げするつもりでは?」
 築島の指摘に、また津田が驚きの声を上げた。築島がその津田をさとす。
「津田さん。おれはあんたの上司でもないし、説教するような立場にない。でも、多少長くこの仕事で飯を食ってきた人間としてアドバイスさせてもらうと、あまり簡単に腹の中は見せないほうがいい。はもちろん、協力者にも——」そこで短く間を置いた。「たとえ同僚でも」
 津田はそれに応えず、「そうなのか。騙そうとしたのか」という目を樋口に向けた。
 今指摘されたばかりではないか、という視線を返しながら、築島の後頭部に向かって静かに説明した。
「賭けです。もしその間に彼らが現れたら、多少手荒い展開になる可能性がある。お二人にはご迷惑をおかけしたくない。できることなら、この場を離れた隙に、ことを——」
 急に言葉を切った樋口を、二人がほぼ同時に振り返った。

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