【全文無料公開】一穂ミチ「アフター・ユー」#002
『もしもし? 大丈夫ですか?』
大丈夫って、この上なく漠然とした言葉だと思った。気遣いっぽく聞こえるだけで、中身は空っぽだ。何について訊いとんねん。この状況で大丈夫なわけがあるとでも思うんか。「大丈夫じゃありません」って言うたら、何かしてくれるんか。いちゃもんのような問いを溜め込んだまま、青吾は「はい」と答えた。
『中園多実さんという女性が、三日前に長崎県の五島列島で転覆した小型船に乗っていたかもしれません』
「え、あの、すいません、」
舌が前歯の裏に貼りついてうまく発音