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透明ランナー|ウォン・カーウァイの映画をふたりの小説家から読み解く――村上春樹、そしてマヌエル・プイグ

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 香港の映画監督ウォン・カーウァイ(1958-)の作品を4Kレストアバージョンで上映する特集「WKW4K ウォン・カーウァイ 4K」が、8月19日(金)から始まりました。上映されるのは『恋する惑星』『天使の涙』『ブエノスアイレス』『花様年華』『2046』の5本。彼のキャリアを代表する作品が自らの手によりレストアされ、映画館のスクリーンで鮮やかに蘇ります。札幌から那覇まで全国約40の映画館で順次公開されます。
 シネマート新宿では333席の大スクリーンがコロナ禍以降初めて満席となるなど、連日多くのファンが詰め掛け、大きな反響を呼んでいます。

 私もウォン・カーウァイが大好きです。『恋する惑星』(1994)で有名な香港の重慶大厦(チョンキンマンション)にも行きましたし(ミーハーなので)、毎年5月1日に缶詰の画像をツイートするくらいには好きです。彼の作品について何か書こうと思い、『ブエノスアイレス』(1997)とクィアネスについて書こうかな、いやそれならもっと適任の人がいるしな[1]、レスリー・チャン(1956-2003)を中心に書こうかな、撮影監督クリストファー・ドイル(1952-)を取り上げようかな、などといろいろ考えていました。

 そんなときWEB別冊文藝春秋のトップページにこう書いてあるのが目に入りました。「《読んで楽しむ、つながる》小説好きのためのコミュニティ!」。そうだ、せっかく小説が好きな人たちが集う場で書かせてもらっているのだから、「ウォン・カーウァイと小説」というテーマで書いてみよう!

 というわけでこの記事では、ウォン・カーウァイの映画をふたりの世界的小説家との関連から読み解いていきたいと思います。
 ひとり目は村上春樹(1949-)。春樹とウォン・カーウァイは1990年代から2000年代にかけてほぼ同時期に東アジア圏でブームを巻き起こし、そのイメージは互いに重ね合わされてきました。そしてもうひとりは、監督自身がその影響を公言してはばからないアルゼンチンの大作家、マヌエル・プイグ(1932-1990)です。

――逆に、王家衛監督は映画作家でありながら小説も相当読んでらっしゃるようですね。
 そうかもしれないね(笑)。それに香港人としてはかなり変わった小説を読んでる方かもしれない。それには理由がある。僕は五歳の時から香港に住んでるけど、兄や姉はその後もずっと上海に住んでいた。香港と違って上海では欧米の文学がかなり翻訳されていた。僕は兄や姉とコミュニケイトするためには、どうしてもそれらの、香港人が普通読まない小説を読まなければならなかった。専らそのために、僕はそういう文学作品をむさぼり読んでいたという感じかな。

暉峻創三『香港電影世界』(メタローグ、1997)[2] P.13
WKW4K ウォン・カーウァイ 4K https://unpfilm.com/wkw4k/

ウォン・カーウァイと村上春樹

 ウォン・カーウァイは村上春樹を原作とした映画を1本も撮っておらず、また撮ろうとしたことがないにもかかわらず、しばしば「春樹的」だと言われます。飛躍のきっかけとなった長編2作目『欲望の翼』(1990)のときにはすでに春樹的だと評され、その後も両者は通底するイメージを持っていると多くのファンに認識されてきました。ウォン・カーウァイのイメージは今も昔もごく当たり前のように春樹と結び付けられ、それは日本だけでなくアジア圏のファン全体に共通して言えることです。

 『恋する惑星』の原題「重慶森林」は、『ノルウェイの森』(1987)の繁体字版タイトル「挪威的森林」(1989年発行)へのオマージュだと言われます。比較文学者の四方田犬彦は次のように述べます。

 王家衛が1994年に発表した『重慶森林』(『恋する惑星』)は……登場人物の台詞の隅々に、村上春樹の『風の歌を聴け』など初期作品からの影響が圧倒的に感じられる。孤独な若い独身男の独白。コンビニでの商品の拘り。数字への執着。実現されない恋愛。過去の忘れられた時間へのノスタルジア。原題は香港の九龍半島の最先端にある老朽化した巨大ビルで、現在はインド人の店舗が並び、アフリカ人が極安料金で利用する宿泊施設となっている、実在するビルである。もっともそれを直訳すると「重慶の森」であり、明らかに『ノルウェイの森』に由来している。

四方田犬彦「村上春樹と映画」
(柴田元幸ほか編『世界は村上春樹をどう読むか』文藝春秋、2006)P.143
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 「重慶森林」が『ノルウェイの森』をオマージュしている証拠として「森」の字だけフォントが違うとよく語られます。英語版Wikipediaでも両者の関連についてこう書かれています。

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