透明ランナー|国際芸術祭「あいち2022」――現代アートから土地の歴史・文化・産業を想起する
名古屋市をはじめとした愛知県内各所で、国際芸術祭「あいち2022」が10月10日(月・祝)まで開催されています。2010年から2019年まで3年ごとに開催されていた「あいちトリエンナーレ」を引き継ぐ形で、運営体制を一新して新たな芸術祭として再スタートを切りました。
現代美術展には32の国と地域から82組のアーティストが参加しています。同時に開催されるパフォーミングアーツ(演劇やダンスなどの舞台芸術)、ラーニング・プログラム(レクチャーや学校向けプログラムなど)と合わせると、参加アーティストは100組にも及ぶ、国内最大級の国際芸術祭です。
現代美術展の会場は、名古屋市の中心部・栄にある愛知芸術文化センターをはじめとして、繊維の街・一宮市、常滑焼で知られる常滑市、江戸時代の伝統的な街並みが広がる有松地区(名古屋市)の4か所。それぞれの地域の特色を活かし、土地に根ざす文化や産業を想起させるような特徴ある展示が展開されています。作品は絵画、映像、インスタレーションなどバラエティに富み、観客が参加できるものもあります。
いずれの作品もクオリティが高く、想像した以上に大満足の芸術祭でした。あいち2022の様子を写真とともに紹介していきたいと思います。(撮影:透明ランナー)
①一宮市
最も見てほしいのがこの一宮市エリアです。古くから繊維産業で栄えた一宮市には「のこぎり屋根」と呼ばれる三角屋根の建物があちこちに見られます。採光を必要とする繊維工場で採用された特徴的な形で、繊維産業が衰退しつつある現在でも約2000棟もの建物が市内に残っているそうです。
一宮市エリアでは10展示場所に19組のアーティストの作品が展示されています。各会場の間はやや離れており、バスに乗って移動します。
あいち2022のハイライトとなるであろう壮大な作品が、塩田千春(しおた ちはる、1972-)が本展のために手掛けた新作「糸をたどって」(2022)です。使われなくなったのこぎり屋根工場をギャラリーに改装した「のこぎり二」の空間の中に、鮮やかな赤い毛糸が毛細血管のように縦横無尽に張り巡らされています。毛織物の機械、織物を織る際に使うシャトル、糸巻きの芯となる木管・紙管が糸と絡み合い、幻想的な世界を形作っています。
愛知県立芸術大学・大学院で学び、21歳から28歳まで愛知に住んでいた奈良美智(なら よしとも、1959-)。1924年に建てられた歴史ある建築を多目的ホールに改装した「オリナス一宮」に彼の作品が多数展示されています。「Fountain of Life」(2001/2022)では、頭部が重なり合った子どもたちの目から涙が泉のように絶え間なく溢れ出しています。Twitterでは「やっぱこの地は好きなんだなぁ〜って思える。21歳から28歳まで住んだ愛知県。」と、設営の様子を楽しそうにツイートしていました。
1850年創業、尾州で最も古い歴史を持つ毛織物メーカーのひとつである国島株式会社では、私の大・大・大好きなツァオ・フェイ(1978-)の映像作品「新星」(2019)が上映されています。ツァオ・フェイは最新のテクノロジー、欧米のポップカルチャー、中国の伝統芸術といった要素を複雑に融合させ、中国社会の急激な発展や変化を描き出す作品を世に送り出しています。
「美術手帖」2011年11月号で「中国ポップ・カルチャー世代のアイドル」と評されていたのが彼を知ったきっかけです。それから作品を追い続けて今では完全にハマってしまいました。森美術館でも11月6日(日)までツァオ・フェイの作品が上映されているので、こちらもぜひチェックしてみてください(MAMスクリーン016)。ツァオ・フェイは最高ですよほんとに。
あまりに衝撃的で30分以上その場を動けなかったのが、アンネ・イムホフ(1978-)のインスタレーション「道化師」(2022)です。会場は2022年3月に閉鎖された元スケート場。そこに巨大な2つのスクリーンが出現し、全体が青いライトで照らされています。右側のスクリーンではドラマーが激しくドラムを叩き、左側のスクリーンではそれに呼応して身体で表現する若いダンサーたちのパフォーマンスが映し出されます。圧倒的という他ありません。イムホフは2017年のヴェネチア・ビエンナーレで金獅子賞(ドイツ館)を受賞しました。
建築家・丹下健三(たんげ けんぞう、1913-2005)が設計した愛知県内唯一の建物、「尾西生涯学習センター墨会館」。ここではそのモダンな空間を活かすように、レオノール・アントゥネス(1972-)のサイトスペシフィックな作品「主婦とその領分」(2022)が展示されています。このタイトルは男性中心主義的に構築されたモダニズム建築に対する一種のアンチテーゼと捉えることもできるでしょう。
六本木のタカ・イシイギャラリーでは、9月3日(土)までアントゥネスの個展「the homemaker and her domain, IV」が開かれています。
②愛知芸術文化センター
本展で最も多くのアーティスト(60組)の作品が集まっているのが、名古屋市の中心部・栄にある愛知芸術文化センターです。
あいち2022でいちばん楽しみにしていたのが、塩見允枝子(しおみ みえこ、1938-)の「スペイシャル・ポエム:移動のイヴェント(2022年版)」です。塩見は1960年代にニューヨークを中心に起こった芸術運動「フルクサス」に参加していた世界的アーティストで、80代となった現在も旺盛な制作活動を続けています。
「スペイシャル・ポエム」とは手紙を用いたコミュニケーションそのものをアートにする「メール・アート」の一種です。地球上の各地にいるアーティストや知人に何らかの指示を書いた手紙を送り、それに対する応答をまとめるというプロジェクトで、1965年から数回にわたって行われてきました。
「2022年版」では、「何かを移動させてください。いつ、何を、何処から何処へ、どのように移動させたかを知らせてください」という指示を世界中に郵送し、61人が応答したものを世界地図の上にプロットしています。1965年当時は国際郵便でしかやり取りできない時代でしたが、今回はコロナ禍で移動が制限される中でのやり取りという新たな文脈をまとうことになりました。
私はこの塩見の作品から、フェミニズム・アートの旗手であるスザンヌ・レイシー(1945-)を想起しました。2021年から2022年にかけて森美術館で開かれた「アナザーエナジー展」で、レイシーの作品「インターナショナル・ディナー・パーティー」(リンダ・プロイスとの共作、1979)が展示されていました。この作品もまた美術館の壁に貼られた世界地図の上に国際的な連帯を示す印をつけていくものでした。
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