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波木銅のシネマレビュー│映画は多数派を殺すためにある――『TITANE/チタン』について(※ネタバレあり)

© KAZAK PRODUCTIONS – FRAKAS PRODUCTIONS – ARTE FRANCE CINEMA – VOO 2020

『TITANE/チタン』
フランスのジュリア・デュクルノー監督の長編第2作。2021年、第74回カンヌ国際映画祭で最高賞パルム・ドールを受賞。
幼い頃、交通事故で頭蓋骨にチタンプレートを埋め込まれた女性アレクシアは、車に対して異常な執着心を持ち、その欲望はやがて多くの人を巻き込む事件へと発展していく。

2021年製作/108分/R15+/フランス・ベルギー合作
監督、脚本:ジュリア・デュクルノー
原題:TITANE
DVD情報
発売:2022年10月5日/発売・販売元:ギャガ/価格:4,180円(税込)

人生は夜間飛行・第1回へ / 第3回へ

 映画についての文章を、作家としての名義を使って公開することにはなんというか、いろんな意味でちょっと恐怖やためらいがある。でも、それ以上に、語りたいことがある。

 今年鑑賞した映画のうち、暫定で断トツに印象深かったのが『TITANE/チタン』だ。2021年のパルム・ドールを勝ち取った本作は、過去作に『RAW~少女のめざめ~』があるジュリア・デュクルノーによるホラー映画だ。
 他に例のないあらすじ、そしてゾンビーズの『シーズ・ノット・ゼア』がガンガンに鳴り響く激烈な雰囲気の予告編を目にして以来、この映画のことがずっと脳裏にこびりついていた。原稿の締切が立て込んでいるにもかかわらず、公開まもなく映画館に駆け込んで、案の定圧倒された。入場特典で貰ったデカいステッカーをさっそく仕事用のMacBookに貼り付けたのち、どこに公開するためでもなく、鑑賞後の気分を落ち着かせるために感想をメモアプリに打ち込んだのだった。
 今回、こういった形でこの映画について書く機会を得たので、いちおうルポルタージュの体裁をとっている本稿の趣旨とは二回目にしてやや外れてしまうが、今後の創作において多大な影響をおよぼすであろう出来事のひとつとして、自分がこの映画をどのように見てなにを感じたか、記述させていただきたい。

 評論や劇場用パンフレットによると、本作はボディ・ホラーと呼ばれるジャンルに分類されるらしい。特殊メイクなどを駆使し、人間の肉体がいびつに変形したり、異形のものへと変貌していくさま、ないし人体破壊を描くことに主題を置いた作品群だ。端的に言ってしまえばクローネンバーグ的な系譜、という感じだろうか。

 主人公のアレクシアの頭蓋骨には手術によりチタンプレートが埋め込まれている。幼少期、父親の運転する車に乗っていて事故に遭い、致命傷を負った際に施されたものだ。その事故以降、彼女は二つの特異な欲望に駆られるようになる。それは抑え難い殺人衝動と、自動車に対する性的な欲求だ。
 要約すると、本作は車に欲情するシリアルキラーの女を主人公にした映画というわけだ。

 成人したアレクシアは男たちの前で扇情的なダンスを踊る、ショーガールになった。自分に性的なまなざしを向け、不当に手を触れてくる男を金属製のかんざしでたやすく刺し殺す。そして、ガレージに停めてあったキャデラックと「交わる」……。メタファーじゃなく、ノズルらしき部品を陰部に挿入して、車体をギシギシ揺らしながら本当にセックスする。それによって彼女はキャデラックとの「子」を胎内に身籠ることになる。この時点で僕は(あまりにアバンギャルドな画面に圧倒されながら)「ははぁ、これは妊娠、ひいてはそれによる肉体の変化についてをホラーの文脈で語る映画なんだな」、と憶測した。今になって思えば、それは本作が女性監督による、女性を主人公にした映画だから、という浅薄な思い込みによるものだった。ストーリーが進行していくにつれ、そのような分かりやすい形容で片づけられるような話でないことをまざまざと見せつけられることになった。
 もっとも、ハチャメチャなセックス&殺人で構成された本作は、破壊的なコメディとして見ることもまた、できるかもしれない。ゾンビーズの曲に合わせてアレクシアがめちゃくちゃ人を殺しまくるシーンはたしかに悪趣味なユーモアに満ちていて、劇場内からかすかに笑いが聞こえた。常に緊張の糸が張り詰めているからこそ、それが緩んだときになんともいえないおかしみを感じるのだろう。

 そういえば大学一年生のころ、映画についての授業を受講していて、そこで、塚本晋也つかもとしんやの『鉄男てつお』(これもまた、肉体と金属のいびつな融合を扱ったホラーだ)が取り上げられたことがあった。
 対象の身体を金属に変えて蝕む能力を持った「やつ」の攻撃によって田口たぐちトモロヲの股間が激しく回転するドリルに変えられ、そのまま恋人の身体を貫いてしまうシーンになったとき、教室のなかで爆笑が起こったことを覚えている。当時僕は「田口トモロヲが不可抗力的に恋人を手にかけてしまう悲しいシーンなのに、ヘラヘラ笑うとはなにごとだ」と内心その様子に憤ったのだが、よくよく考えてみれば、たしかにあれは笑っていいところだったのかもしれない。そんなことも思い出した。

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