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波木銅のゲームレビュー|ジュブナイルとしての選択と結果 インディゲーム『OMORI』

人生は夜間飛行 第2回[シネマレビュー]へ

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わたしたちはだれも聖人じゃない。でも、もっといい人間になろうとすることはできる。

——テッド・チャン「不安は自由のめまい」

 もっとも好きな短篇小説は、SF作家テッド・チャンの「不安は自由のめまい」(『息吹』所収)だ。
 自分が人生でしてきたあらゆる選択における、「あの時こっちを選んでいたら?」という空想、それを実際に見ることができる『プリズム』というマシンをめぐる話だ。プリズムで実際の現実を変えることはできない。あくまで「もしも」のパラレルワールドを少し覗けるだけで、ゲームのようにコンティニューしてやりなおす、といったことは叶わない。それでも人々はそれにすがり、葛藤したり、よりよい自分を目指そうとしたりする。
 選択と結果についての話だ。

 僕はたとえばなにもないゼロのところからまったく新しい1を生み出せるような、想像力に長けたタイプの作家ではない。なんであれ何か書くためには、自分自身の体験や、見聞きしてきたものを基とする必要がある。
 そういった面から自分の創作のルーツを辿ると、いくつかのビデオゲームに行き着くと思う。ストーリーテリングの面において、小説や映画と同じくらいそれらから強い影響を受けている。99年生まれの自分はもちろん直撃世代ではないのだが、子どもの頃中古でスーパーファミコンや無印(初代)プレイステーションなどのロールプレイングゲームを買い漁ってプレイするのが好きだった。独特なテキストが印象深い『MOTHER2』や、SFとサイコスリラーの要素を併せ持った『リンダキューブ アゲイン』といった斬新なタイトルから受けた衝撃は今でも鮮明に思い出せる。

 というわけで、今回はビデオゲームについて書かせていただきたい。テクニックを競い合うようなアグレッシブなものではなく、シナリオを読み進めることに重きを置いたタイプの、ストーリーテリングの手段としてのゲームが主となる。
 なかでも特筆したいのが、近年勃興しているインディゲーム、すなわち個人ないし小規模なスタジオで制作された作品群だ。
 なんであれ「インディ」なものには心惹かれるが、ゲームの界隈でもまた、メジャーのフィールドでは表現し得ない、尖った作家性が遺憾なく発揮された作品群が散見される。

 絶大な影響を受けたインディゲームのうちいくつか例を挙げると、まず近年これを原作として映画やドラマが制作された『返校-Detention-』がある。1960年代の台湾を舞台としたホラーゲームだ。いわゆる白色テロ、中国国民党による民衆弾圧を題材としている。エドワード・ヤンの映画『牯嶺街クーリンチエ少年殺人事件』と同じく、理不尽な戒厳令の渦中にある若者の視点で語られる物語だ。ホラーゲームのフォーマットに乗りながら(ジャンプスケアや謎解きを楽しみつつ)、歴史的・政治的な題材をある種能動的に擬似体験する、という感覚は唯一無二のものだった。

 また、個人的な生涯ベストゲームでもある『Night in the Woods』は、アメリカのラストベルトを舞台にしたアドベンチャー・ゲームだ。ナイーブでペシミスティックなプロットをポップかつユーモラスに描く作風で、僕の書く小説(いま世に出ているのは片手で数えられるほどしかないけど)は、すべてこの作品の影響下にある。

 そして、最近(2022年8月)リリースされ、話題をかっさらっていった『Cult of the Lamb』、言うなれば「カルト教団運営シミュレーション」だ。プレイヤーはカルトの教祖となって信者を増やし、教団を大きくしていくことを目的とする。悪趣味にもほどがある題材と中毒性のあるゲームデザイン、および超かわいいビジュアルが調和して奇妙で抗い難い魅力を漂わせる。カルトにハマる人、または「信仰」をダシに搾取する人々の思考のプロセスが理解できるかもしれないと思った。

 前提として、ゲームは能動的なものだ。プレイヤーがコントローラーを握ってキャラクターを操作したり、各々のタイミングでテキストを読み進めたりする。前述のタイトルはみな、その性質が非常に効果的に活かされている。
 優れたゲーム作品はおしなべて、そのインタラクティブ性を発揮している。自分が物語を動かし、干渉する、という行為からは、類いまれな体験が得られると思う。最初と二回目で違う選択をすれば、当然、物語は異なる様相を呈する。ただ、その選択と結果は何度でも(望むなら)やり直すことができる。

プレイヤーに自己投影を促す
RPGゲーム『OMORI』

 今回は『OMORI(オモリ)』というタイトルについて特筆したい。ファッションデザイナー、イラストレーターとしても活動するアーティスト、OMOCATによって2020年にリリースされ、2021年末に日本語によるローカライズ版が発売された。
 ジャンルはオーソドックスなロールプレイングゲーム、俗に『JRPG』と呼ばれるカテゴリに分類される。『JRPG』のJはJapaneseのJ、要するに『ドラゴンクエスト』とか初期の『ファイナルファンタジー』に代表されるような、古典的なゲームジャンルのことを(時に揶揄やゆを込めて)指す。ある種ステレオタイプな、コマンドを選んで敵と戦ってレベルを上げて……みたいな、要するに最近のゲームにしては陳腐とされることもあるジャンルだ。
 今作はあえてその古典的なフォーマットが用いられている。真意はわからないが、ストーリーを語る上で、この方式がもっとも効果的であったから、だと思う。

『OMORI』というタイトルは日本語の「ひきこもり」に由来する。今作の主人公、もといプレイヤーが演じるのはトラウマを抱えた十代の少年だ。ある事件をきっかけに、彼はずっと部屋にひきこもるようになった。
 古典的RPGとニューロティックスリラーを融合させた本作には、喩えるならエドワード・ゴーリーの絵本のような、なんともいえない奇妙な味わいが漂っている。

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