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今井真実|オーストラリアの湖のほとりに現れた一晩限りのレストラン

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第4回 オーストラリアの湖のほとりに現れた一晩限りのレストラン

 オーストラリア産牛肉の魅力を伝えるアンバサダー「オージー・ビーフマイト」の日本代表に選出され、先日初めてオーストラリアに行ってきた。同じく15カ国から選ばれた、オージー・ビーフマイトの25人のシェフたちとともに、牛がどのような環境で育てられ出荷までの道を辿るのかということを学び、調理の技術を身につける10日間の旅。クイーンズランド州の牧場や加工場をまわり、料理をし、それはそれは、エネルギッシュな旅だった。

 旅が始まってから3日目。私たちは街から遠く離れた広大な牧場にいた。敷地のゲートをくぐってからもバスは何十分も走る。やっと目的地の宿舎にたどり着くと、そこには牧草地が広がり、1人につき1棟のグランピングテントがずらりと設置されていた。今日はここでテント泊の予定である。キャンプが趣味の私にとっては願ってもないサプライズだ。

 夕方からは、この牧場のファミリー、地域に住む人々にディナーを振る舞うために、初めてシェフたちみんなで料理をする予定になっていた。ディナーの会場は湖のほとり。一晩限りのレストラン。芝生にはテーブルと椅子が並び、美しいデコレーションが施され、ピンク色の大きく丸い提灯がふんわりと光っていた。

 私たちが料理する場所は少し離れたところにあり、いくつものキッチンテントが設置されていた。中央のテーブルには野菜や果物、牛乳、チーズ、調味料、粉類まで所狭しと陳列されている。同じチームの2人のシェフがメインの牛肉料理を作るので、私は付け合わせを作る係を申し出た。並んでいる色とりどりの野菜を見ていると、むくむくといろんなアイデアが湧いてくる。まるでスーパーに行って、「ご自由にどうぞお取りください」と言われているようだ。材料表に書いてあった「チャイニーズキャベツ」は白菜だったのか。カリフラワーもサッカーボールほどの大きさで、なんと立派なこと。興奮するのも無理はない。さあ、何を作ろう!

 カリフラワーを半分に切り、全ての面に「キユーピー」を塗りたくる(みんなマヨネーズのことをこう呼んでいた)。オリーブオイルも同じように、丁寧に塗り込んでいく。香ばしさを出すために少量の味噌も混ぜてみた。「使う?」と、アメリカ人のシェフがトリュフソルトをわけてくれたので、それもまぶすことに。白菜は縦に1/4に切りわけ、塩とオリーブオイルを混ぜたものを葉と葉の間に塗っていく。

 中央の広場にある巨大なグリルの炭はすでに熾火おきびの状態で、いつでも調理可能。さっそく野菜を網に載せて焼き始める。遠火で1時間以上、こまめに裏返し、乾いたらオリーブオイルを塗っていく。カリフラワーは断面をカリカリに、中はすっと金串が入るまで柔らかく。白菜の葉はチップスのように乾かしながら、芯の部分はみずみずしく。理想の状態に仕上がるまで丁寧に火を入れる。 
 この炭火グリルは、他チームのシェフともシェアをしなければならない。横には誰かが並べたのだろう、肉厚なパプリカが整列している。真っ黒になるまで焼いて、皮を剝くはずだ。炭のところを見ると、半分に切ったかぼちゃがそのまま放り込んである。なるほど、こんな方法もあるのか。遠慮がちにこちらを見ているシェフがいたので、はっとして、カリフラワーと白菜をグリルの端に寄せる。焼き網にスペースがなかったのだ。彼は「ありがとう」とはにかみ、スパイスがまぶされた塊肉を載せた。脂が落ちて、煙と炎が上がる。「お肉の風味が野菜にも移っておいしくなりそう」と自分の持っている英語力を引っ張り出し話しかけた。

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