二宮敦人「サマーレスキュー ポリゴンを駆け抜けろ!」#010
危険を逃れ、祖父母の家へと逃げ込んだ千香。
祖父と一緒に遊んだオンラインゲーム「おひさま王国」にログインすると、そこには謎のプレイヤーの姿が……
その時だった。突然、チャット画面が表示された。
〈千香だね〉
ぎょっとした。
人がいるとは思わなかった。送り主のプレイヤー名を見ると、「5khRLKpwOE8GfKXH」と表示されている。
〈会えて良かったよ。どこにいる? ちょっと探すね〉
誰?
気味が悪い。千香は、椅子に座ったまま凍り付いていた。中庭に繫がる城の扉がカチャリと開いた。
〈見つけた〉
「5khRLKpwOE8GfKXH」と頭の上に表示された、デフォルトスキンのプレイヤーが胡乱な瞳でこちらを見ている。千香の方へゆっくり、にじり寄るように歩いてきた。
〈ゲームの中で会ってもあまり意味はないけど。気分的に多少は話しやすいよね〉
少し歩いては立ち止まり、少し歩いては立ち止まるという変な動きである。
千香は、今すぐにでもゲームをログアウトして、ここから逃げ出そうかと思った。しかしここは「おひさま王国」である。私の国、私の城だ。その誇りが、少しの勇気をくれた。
〈誰、あなた。ここで何やってるの〉
威嚇するように指に力を込めて、キーボードに打ち込む。
「5khRLKpwOE8GfKXH」はしばらく沈黙した。そして棒立ちのまま、メッセージを送ってきた。
〈僕だよ、祥一だよ。別アカウントを作ったんだ。推測されにくいように、プレイヤー名はランダム文字列にしている〉
えっ、祥一?
まじまじと画面の中を見つめる。
〈ああ、そうだよね。しまった〉
〈どうやって信用してもらうか、何も考えていなかった〉
〈どうしたらいいかな。ここを知ってるってだけじゃ証明にならないか。ちなみに巧己も今、隣にいるんだけど。口では何とでも言えると言われたら確かにそうで〉
〈合言葉でも決めておけば良かった。次からそうしよう。でも合言葉って難しいんだ。頻繁に変えるべきだと、伊賀の忍術書にも記されている。敵に知られる危険が常にあるからね。日本書紀にも書かれているんだ、壬申の乱では敵の将軍が合言葉を言い当てて、取り逃してしまったと〉
あ、これは祥一だ。
そう思った途端、口元が緩んだ。おかげで、これまで歯を食いしばっていたのだと気がついた。
今、どこかで祥一がキーボードに打ち込んでいる。相変わらずの感じで、いつかと同じような言葉遣いで。そう思うだけで、胸の奥から熱いものが溢れて、広がっていく。ああ、良かった。
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