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二宮敦人「サマーレスキュー ポリゴンを駆け抜けろ!」#011

WEB別冊文藝春秋

失踪した友人を救うため、オンラインゲームに再びログインした千香。
彼女を待ち構える謎のプレイヤーの正体は……?

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第六章

 が再びログインすると、そこでは狼男が激しく暴れていた。
 しまった。
 考えてみればしよういちたくと話したり、キューを待ったり、ご飯を食べたりしているうちに、ずいぶん時間が過ぎてしまっていた。時計で確かめると、もう四時間以上経っている。
 いつ戻るかはっきり約束したわけではないけれど、彼の性格からして……。
〈遅いぞ! 遅いぞ! 遅いぞ!〉
〈おまぬけ人間! おまぬけ人間! おまぬけ人間!〉
〈ばーかばーかばーかばーかばーかばーかばーかばーか〉
 やっぱりか。即座に送られてきた大量のとうのメッセージを見て、千香はため息をついた。廃工場の最深部、パイプで囲まれた汚くて狭いエリアで、狼男はしきりにジャンプしては怒りを表明している。
〈ごめん、色々あって遅くなっちゃった〉
〈許せない! 待たされるのが、俺は大っ嫌いなんだよ。それをお前はよくも、やってくれたな〉
〈悪いと思ってるよ。まさかずっと待ってたの?〉
〈違う。ただ、お菓子食ってテレビ見ながら、ゲームつけっぱなしにしてたんだ。超退屈だった。けして許さない!〉
 それを待ってたという気もするけれど。
〈けっこう暇なんだね〉
〈んなわけねえ! バカにすんな〉
〈私が戻って来なかったら、どうするつもりだったの〉
 狼男は動きを止め、しばらく沈黙した。
〈お前は、戻ってくるだろ〉
〈え?〉
〈戻ってこないとしたら、事情があるんだろうし……ちょっと心配でよ。待っちまったんだよ〉
 狼男は何だかしおらしかった。千香の方が拍子抜けしてしまう。
〈ありがとね。そんなに信頼してくれて〉
 狼男はそっぽを向く。ふん、という鼻息が聞こえてきそうだった。
〈よせよ。俺は別に。お前なんか、ついでだ〉
 ついで?
 千香の頭にひらめきが走った。
 退屈そうな口調。目的がなさそうな素振り。そのくせ長いことゲームにはログインしている。そんな狼男のプレイスタイルを考えると……。
〈もしかして、あなたはここで、誰かを待ってる?〉
 千香の問いに、狼男はちらりとこちらを見やる。
〈まあ、な〉
 当たっていた。
〈いつから? 誰を〉
〈うるせえなあ、どうでもいいだろう。それに、望み薄なんだよ、あいつが戻ってくるなんてことは。だけど、万が一だぜ。万が一、あいつがログインした時に、俺がいなかったら、それこそ最悪じゃねえか。だからよ、暇な時間くらいはな〉
〈直接、連絡取れないの。ゲームの外で〉
〈無理だ。ゲームの中だけの友達だ〉
 ふうん。千香がまばたきしていると、狼男がいきなりぶっきらぼうなメッセージを送ってきた。
〈バカにしてんだろ〉
「え?」
〈わかるぞ。たかがゲームでって、バカにしてんだろ〉
〈そんなことないよ〉
〈噓つけ! じゃあ、俺がどれくらい待ち続けてるか、当てられるか〉
〈そんなの、わかんないけど。一週間くらい?〉
 狼男が答えるまで、しばらくの間があった。
〈もう二年以上になる〉
「にねっ……」
 千香は絶句してしまった。
〈ほら、引いたろ〉
 千香は口を真一文字に結び、負けじとキーボードを叩いた。
〈驚いただけだよ。それだけ大事な人だったってことでしょう?〉
〈笑えるよな。ゲームでしか繫がってねえのによ〉
〈それが何なの。繫がりがゲームだからって、そんなの関係ないよ〉
〈はあ? 本気で言ってんのか〉
 下唇をむ。
〈大事なのは本気かどうかでしょう。ゲームだからってただの遊びだとか、偽物だとか思われるの、私は嫌い〉
 長い沈黙の後、ぽつりとメッセージが来た。
〈そうだよな〉
〈うん〉
〈でもよ。だとすると、それはそれで俺、悲しいんだ。あれが本物の友情だったとするなら、俺、自分の手で、台無しにしちまったんだからさ〉
〈一体、何があったの?〉
〈話してもいいけど、笑うなよ〉
 またもしぶる狼男に、千香はため息をつく。
 人を疑うのもいい加減にしてよ。そうキーボードを打とうとした時だった。狼男が続ける。
〈お前は、しっかり俺の話を聞けよ。最後までだ。そんで、よ。どうしたらいいのか教えてくれよ。わからないなら、わからないでもいい、そう言ってくれればいい。でも、これ以上俺を悲しませるのだけはやめてくれ、いいな? 俺はもう、ぎりぎりなんだよ。たかがゲームなのによ、本気でぎりぎりなんだ〉
 同じ星のどこか遠い場所で、ディスプレイに顔を照らされた誰かの心が震えている。今にもひびが入って粉々になりそうな脆いものを、狼男が懐からそっと取り出し、千香に見せてくれた。そんな気がした。
〈わかった。ちゃんと聞くよ〉
 千香はメッセージをそう打ち直し、椅子に座り直した。
〈よし。いくぞ〉
 画面の中で、狼男が咳払いする気配を感じた。
〈俺はな、ずーっと昔から、3Tスリーテイーで遊んでたんだ。それこそ、できた当初からだよ。四年前くらいかな。あの頃は3Tなんて、ネットの片隅、マニアックな掲示板でだけ話題に上るワールドに過ぎなかった。同時接続数も、十人とか二十人とかでさ。ただ草原と、山と、海だけが広がってた〉
「へえ……」
 3Tにもそんな頃があったのだと、千香はかんがい深く思った。作ったばかりのおひさま王国も、そんな風景だった。
〈その辺で会ったプレイヤーとあいさつしてさ。何となく一緒に歩いて。いきなり後ろからぶん殴ってキルして。ゲラゲラ笑い転げてると、その間にまた別の奴にキルされる。ばかばかしいだろ。サーバーがしょぼくてさ、すぐにバグって落ちるんだ。ワールドのマスターも適当で、俺たちプレイヤーが復旧を手伝ったりしてた〉
〈あなたは一人で遊んでたの?〉
〈そうさ、俺は……色々回ったんだけど、他のワールドには馴染めなくてよ。そんで3Tに来てさ。穴掘ってた〉
〈穴?〉
〈穴だ。トンネルを作って、他のプレイヤーの家に地下から入り込む。そんでアイテムを盗んだり、爆弾を仕掛けて吹っ飛ばすんだよ。これがさ、すげー面白かった〉
 床にぽこっと穴が開き、狼男がにゅっと首を出す姿を思い浮かべると、妙に微笑ましい。
〈いくら壊しても、次の日には直ってる家があったんだ。俺もたいがいしつこいから、毎日爆破してやってたんだけど。だんだん工夫が施されてくんだよ。床に鉄の板を埋め込んでたり。迂回して侵入してやったがな。次の日は、家の周りにマグマの堀を作ってたり。逆流させて家ごと炎上させてやったがな。いたちごっこだ。向こうも楽しんでたらしくてさ。たまに穴を掘りに行かないと、ククク、『今日は自信作だから早く来てよ』とかメッセージ送ってくるんだ! ヒッヒ。そういうときは、腕によりをかけてボン! してやる。逆に向こうがなかなか家を直さない時はさ、俺がせっつくんだ。『まだか? 早く直せよ、吹っ飛ばすから』って〉
 くすくす、と千香も思わず笑ってしまう。
こなじんになった家を見ながらそいつ、言うんだ。『次はどんなふうに爆破してくれる?』って。俺も『もっと爆破しがいのある家作れよ』って返してさ。いつの間にか、毎日のようにそいつと遊んでた、ケケケ〉
〈仲いいね〉
〈最高だった。あんなに思いっきりイタズラできたの、初めてだったな。普段は俺、我慢してたんだぜ、学校でも家でも。それでも余計な真似ばかりする出来損ないだって後ろ指さされてよ。あげくのはて、実家を追い出された〉
〈え、現実の話? 一体、何したの〉
〈ちょっとしたジョークなのによ。通じねえんだ、あいつら。まあ、親父がようやく買ったチーズメーカーを、その日のうちに壊しちゃったのは確かに悪かったけどよ……あれは不幸な偶然が重なっただけで〉
〈それは怒られても仕方ないよ〉
〈まあ、だからさ。こんな俺のイタズラを喜んでくれる奴がいるなんて、思いもしなかったわけよ〉
〈相性が良かったんだね〉
〈ああ。そうだ、これ聞いたら絶対笑うぜ。そいつの家な、立て看板があったんだ。何て書いてあったと思う?〉
 千香が答える前に、狼男は自分から明かした。
〈『ようさいグラズヘイム』だってよ! 掘っ立て小屋のくせに、名前だけ立派なんだ。レオンって奴は、そういう変人なのさ〉
「え? グラズヘイムって……」
 千香は瞬きした。
〈それって、この要塞の名前だよね〉
〈ああ、ここは正式にはグラズヘイムⅡって言うんだ。最初のグラズヘイムは、また別の場所にあったのさ〉
「ええっ?」
 千香が身を乗り出すと、がガタンと音を立てた。思いがけない方向から話が繫がってきて、心臓が激しく脈打つ。
〈ちょっと待ってよ。じゃあ、そのレオンっていうプレイヤー、まさかホーリーエンパイアと関係ある?〉
〈関係あるも何も。創始者であり、王だよ。ハハッ、あいつが王だなんて、笑っちまうけどな。ホーリーエンパイアは、レオンと俺と、それから何人かの気の合う仲間同士で作ったんだ。いや、まあ全員が全員、仲が良いわけじゃねえか。俺、オリバーなんかは嫌いだったし、あっちも避けてたと思うわ〉
「うそうそ、本当に?」
 思わず独り言。はやる気持ちを抑えつつ、千香はメッセージをタイプする。
〈オリバーって、まさかプレイヤー名、Oliver999?〉
〈何だ、お前。3Tにうとそうなくせして、知ってたのか〉
〈知ってたっていうか、今、調べてたんだよ。びっくりした〉
〈へっ、そうかよ。まあ、あいつも今や、3Tじゃ相当名の知られたプレイヤーだもんな〉
 しばらく会話が途切れた。
〈ごめんね、さえぎっちゃって。まずはあなたの話、ちゃんと聞かせて〉
〈ああ? いいのかよ。さっきからお前、友達のために何やらかんやらしてるんだろ〉
 千香は頷きたいのをぐっとこらえる。
〈でも、あなたも同じなんでしょ〉
〈ふん〉

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