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二宮敦人「サマーレスキュー ポリゴンを駆け抜けろ!」#009

行方不明になった幼馴染を捜すため、
オンラインゲーム「ランドクラフト」にログインした千香。
そう、私は「ランドクラフト」が大好きだったんだ――
千香の胸に、忘れられないあの日の記憶が蘇った。

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第五章

「お母さん、また入院することになったの」
 夏休みに入る直前のことだ。両親が居間で話す声が聞こえてきた。
「そっか。このところ入退院の繰り返しだね。どれくらいの期間?」
「病状を見ながらだけど、予定では二週間。また家に戻れるとしても、もしかしたらハイサンソが必要になるかもって」
「何それ?」
「在宅用の酸素濃縮装置。だいぶ肺の機能が落ちているみたいで」
「おさんが亡くなられてから、もう四年か……」
「お母さん一人での暮らしはやっぱり難しいんだよ。同居か、老人ホームといったことも考えないと」
「そうだね」
 あまり楽しい会話ではなかったので、千香は漫画本に目を落としたまま、何も言わなかった。千香の記憶の中で祖父母の家は、二人が元気だった頃のまま更新されていない。おばあちゃんまでいなくなったら、あの家はどうなってしまうのだろう――
 そして今、千香は現実を目の当たりにしていた。
 インターホンを押してみたけれど、予想した通り反応はない。家を見上げると、どの窓も闇に染まっていた。夕方には必ず点いていて、ぶうんとかすかな音を発していた玄関先のランプも、今日は静まり返っている。
 門を開けると、きいと音が鳴る。蝶番に溜まっていた泥が、ぼろりと落ちた。植木鉢はいくつか倒れ、花が土ごと零れている。昔はよく祖父とシャボン玉を吹いた縁側には、不燃ごみの詰まった袋が三つ捨て置かれ、ひび割れた雨戸が固く閉まっている。
 千香は玄関の扉をノックし、軽く取っ手を引いてみた。施錠された手応えと共に、扉が軋む。
 やっぱりそうだよね。
 白いアーチをくぐり、家の裏側に回った。このアーチには赤いバラが絡まっていたはずだ。今は茶色くやせ細ったつるがかろうじて引っかかっているばかり。伸び放題の椿の枝をかいくぐって、千香は庭に出た。
 こんなに狭かったかな。
 塀と建物に囲まれた四角い庭には、煉瓦のタイルが敷き詰められている。よくここで花火をした。祖母が白い小さな椅子のそばにバケツを置いて、祖父はライターで蠟燭に火をつけてくれた。蚊取り線香の匂いと、蒸し暑い空気。どこかから聞こえてくるテレビの音。色鮮やかなパッケージの花火セットを開けながら、「物置でしけってないといいけれど」と祖母は言う。千香はいつも中くらいの手持ち花火を選んで取った。一番大きいのは怖いけれど、小さいのはつまらない。祖父に手を添えてもらって、おっかなびっくり火をつける。小気味のいい音がして、火薬の匂いが辺りにただよう。緑色の輝きが祖父母の微笑みや自分の手を照らしていく……自分が握っている筒の先っぽが、世界の中心のようだった。
 ――あんな夏は、もう遠い昔だ。

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