イナダシュンスケ|トラウマバーベキュー
第19回
トラウマバーベキュー
昔の話です。僕は大学を卒業して、とある会社に就職しました。食品関係としては大手の部類に入るその会社は大阪市内に本社があり、会社まで電車一本で行ける隣の市に寮がありました。本社配属の新入社員は半ば強制的にその寮に入ることになっており、僕もその中の1人でした。
寮に入る前の2週間ほど、新入社員は研修センターに集められて、泊まりがけの研修が行われました。そこには、僕の知らないタイプの人たちがたくさんいました。
その会社は、なんだかキラキラした会社でした。中心になっていたのは、有名私大卒の体育会系男子たちです。体育会系と言ってもゴリゴリにスポーツに打ち込んできたというよりは、遊びもスポーツもスマートにこなしてきた、爽やかで人当たりも良く社交的な人々です。今の言葉で言う「陽キャ」というやつでしょうか。女子の皆様は揃いも揃って、いわゆる「お嬢様」でした。男も女もなんだか、当時流行っていた「トレンディドラマ」から抜け出してきたようでした。
ある時、その日の研修カリキュラムを終えた後の休憩時間に皆がなんとなく集まっての雑談の場で、誰かがこんな話題を振りました。
「みんな学生時代にやった思い出深いイベントとかってある?」
僕は「しめた」と思いました。キラキラした彼らの中でなんとなく肩身が狭く、なるべく目立たないようにしていた僕にもようやくチャンスが巡ってきたのかも、と思ったからです。
そのテーマであれば、僕にはテッパンの持ちネタがありました。学生時代、軽音サークルの仲間内でバーベキュー大会を企画したものの、全員が悲しいくらいに貧乏だったので、僕のアイデアでそれを「豚キムチ大会」に変更した話です。牛肉なんて買えないから安い豚バラ肉とキムチだけを買い込み、各自が家で米を炊いて白むすびにして持ち寄る、というそのイベントの話は、その設定だけで笑いを取れるはずです。さらにこの話にはちゃんとオチもありました。我々の中でも特に貧乏だったある先輩が、最後鉄板にこびりついた豚キムチの残骸をガリガリとかき集めてビニール袋に入れ、「これ明日の弁当にするわ」と持ち帰ったのです。
この先輩には「かっぱえびせんをおかずに飯を食う」「学食では大ライスだけを注文して無料の福神漬けだけでなんとかする」「珍しく懐に余裕がある時にだけ食べる『カレー蕎麦の残り汁をかけたカレーライス』が大好物」といった、素敵なエピソードが数多くあり、オチの前にその辺りの話も適宜ちりばめておけば、バカ受け間違いなし。
しかし、僕の目論見は、1人目の発表の時点であっさり潰えました。「お嬢様」のひとりが語った学生時代のイベントのエピソードは、ざっとこんな感じだったのです。
「神戸の港で、客船を借り切ってパーティーをしたの。みんな張り切っちゃってパー券が何百枚も売れて、しかもそのパーティーは正装で参加するのをルールにしたから、甲板がドレスの女の子や、中にはタキシードまで着込んだ男の子で一杯になっちゃって……」
僕は啞然としました。正直「噓だろ……」と思いました。僕が河原で豚キムチを盛大に炒めながら、「豚キムチの隠し味はこれ!」と、粗く刻んだ生姜をそこに加えて得意満面になっていたのと同じ頃、同い年の男たちの中にはタキシードを着込んで神戸港の豪華客船でシャンパングラスを掲げていたやつもいたのか!?
しかしそれはどうも噓ではないようでした。それに続いて皆が口々に、その種のパーティーの話をし始めるのです。最後ある1人の男が、大阪港でやった全く同じような船上パーティーの話をすると、別の男が、
「でもあれって、大阪港やと何かちゃう感じすんねんな。やっぱ神戸港やないとあかんねん」
とツッコみ、それを聞いた全員が手を叩いて「わかるわあ」と大爆笑。仕方ないので僕もうつろな笑顔で「せやなー」かなんか空虚な相槌を打つしかありませんでした。
「#別冊文藝春秋」まで、作品の感想・ご質問をお待ちしております!