ピアニスト・藤田真央#19「モーツァルトが楽譜に残した”手がかり”――ピアノ・ソナタ全曲リサイタル」
#19
モーツァルトが楽譜に残した”手がかり”
――ピアノ・ソナタ全曲リサイタル
2月4日(土)の京都コンサートホールでの演奏会を皮切りに、また日本全国を飛び回る日々が始まります。2021年3月からスタートした「モーツァルト:ピアノ・ソナタ全曲演奏会」シリーズも第5回、ついに最終回を迎えることとなりました。
今回のコンサートでは、
の5曲を演奏する予定です。初期から最晩年までのソナタを作曲年順に並べることで、モーツァルトの人生を辿り、その創作スタイルの変化を感じ取っていただけたらと、プログラムを考えました。
特筆すべきは、モーツァルトが亡くなる2年前に手掛けた最後のソナタ《第18番》です。
非常にシンプルな構成ながら複雑な音色が重なり合う、彼の到達点と言うべき感動的な作品です。《第18番》のこの世のものとは思えない響きに魅せられ、この響きを軸にしたリサイタルにしようと、タイトルは「記憶の糸を手繰り天国へ」としました。
◆即興音楽としてのモーツァルト・ソナタ
1775年、当時19歳のモーツァルトは、ミュンヘン滞在中に初めて触れたフォルテ・ピアノ(18世紀に開発された現在のピアノの祖となる楽器)に感銘を受け、6曲のソナタを完成させています。この「初期ソナタ」のうち、今回は3曲を演奏します。
モーツァルト最初期の《第1番 ハ長調 K. 279》・《第2番 ヘ長調 K. 280》はハイドンの影響の色濃い、純然たるソナタ形式ですが、《第3番》の〈第3楽章〉はロンド形式を用いられているのが特徴です。モーツァルトが若くしてハイドンが築き上げたソナタの「型」をくずし、独自の作曲技法を開拓していたことがうかがえます。
この《第3番》や《ピアノ・ソナタ 第11番 イ長調 K. 331》の〈第3楽章「トルコ行進曲付き」〉といった例外はあるものの、モーツァルトのソナタは、基本的に「提示部―展開部―再現部」の3部、いわゆるソナタ形式で構成されています。そしてその多くは「提示部」「展開部ー再現部」をそれぞれ2回ずつ繰り返すよう記されています。
▼《ピアノ・ソナタ 第4番》――2021年 ヴェルビエ音楽祭にて
つまり楽譜の指定通りに演奏すると、
となるわけですが、このようにリピートを多用する曲構成は、モーツァルトが生きた18世紀当時の演奏様式が大きく影響しているのです。
モーツァルト亡きあと、19世紀にはプロの「演奏家」が登場し始めましたが、18世紀までは作曲家が自ら自作曲を弾くことがほとんどでした。当時の演奏会では、作曲家がその場の雰囲気に合わせて即興演奏を披露することが、聴衆の楽しみの一つだったのです。
テーマを繰り返すパートは、奏者のアレンジ・テクニックが光る見せ場となっていたのでしょう。実際、18世紀に活躍したハイドンやムーツィオ・クレメンティ、エマニュエル・バッハといった作曲家たちが残した楽譜には、リピートの指示が数多く入っています。
なかでもモーツァルトは即興の天才ですから、ソナタ形式においてもリピートを多用し、演奏家としての技量を遺憾なく発揮していたと言われています。彼がサロンでどんな即興を披露していたのか、考えるだけでぞくぞくしてしまいますね。
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