ピアニスト・藤田真央#18「わたしの卒業論文――理想的なコンサート・プログラムとは?」
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◆大学院の卒業試験が、さながらホームコンサートに
12月3日に南ドイツの「シュロス・エルマウ」でのリサイタルを終え、わたしは大学院の卒業試験を受けるため、翌日ベルリンに戻りました。
わたしが通っている大学院「ハンスアイスラー音楽大学 ベルリン」では、卒業に際して実技テストと論文の提出が求められます。
実技テストは、60分程度のプログラムを自由に作成し、教授陣の前で演奏しなさいというもの。わたしは、
という得意のレパートリーで臨みました。23年1月25日に行われるNY・カーネギーホールのデビュー・プログラムから、リストの《バラード第2番 ロ短調 S.171》を抜いた5曲です。
卒業がかかった試験はどんな厳しいものだろうかと戦々恐々としておりましたが、当日、試験会場の扉を開けて驚きました。教授陣がご家族をお連れになって、にこにこと座っていらしていたのです。こぢんまりしたお部屋の雰囲気も相まって、さながらホームコンサートといった様子。試験だということなどすっかり忘れて、音楽を愛する者が集う和やかな空間の中、とても愉快な1時間を過ごしました。
◆卒業論文――理想的なコンサート・プログラムとは?
卒業論文では、「理想的なコンサート・プログラムとは」というテーマで、大学院の講義で学んだことを踏まえ、古今東西のピアニストたちのプログラムを分析しました。
プログラムづくりにおいて、わたしは何より音の響きを大切にしてきました。これは亡き恩師・野島稔先生からの教えによるものです。たとえば、カーネギーホールでのリサイタルの後半部となる
では、各曲の受け渡し部分がとても美しい調和を生み出します。
《3つのロマンス》の最終部と、《ピアノ・ソナタ第2番》の入りは、ともにg-moll(ト短調)の響きを持つ和音。この呼応を強調するために、わたしはアタッカ(曲間の休憩を挟まず、一息に続けて弾くこと)で演奏しています。
このように、それぞれの曲の響き合いを鑑みて、曲の並べ方を決めていきます。
調を揃える手法も好きですね。21年春の「モーツァルト : ピアノ・ソナタ全曲演奏会」第1回では思い切って、
と、すべてハ長調から始まるプログラムにしてみました。同じ作曲家による同じ調の6曲を並べることで、かえって各曲の多様な個性が浮かび上がるのではと考えたのです。
ただ、調や形式が似たような曲で固めすぎてしまうと、どうしてもコンサート中で劇的な変化を生み出すというわけにはいかず、ともすればお客さまを飽きさせてしまいかねません。
かといって、日本で推奨されがちな、ファンタジー(幻想曲:形式にとらわれず、作曲者の自由な想像力に基づいて創作された曲)をばらばらと集めたコンサートは、それぞれの楽曲の個性をないがしろにしているようで、わたしには躊躇われます。
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