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ピアニスト・藤田真央#17「この景色の魅力を、即興曲で届けたい――アルプスの山々に囲まれて」

WEB別冊文藝春秋

毎月2回語り下ろしでお届け! 連載「指先から旅をする」

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◆アルプスの山々に囲まれたお城のようなホテルで

 2022年12月1日、わたしは羽田発ドイツ・フランクフルト行きの飛行機の中にいました。12月3日に、ドイツ南部のリゾートホテル「シュロス・エルマウ」でリサイタルの予定があったのです。

 フランクフルト空港に到着すると、周りのみなさんがなにやら真剣にスマートフォンを見つめています。ちょうどサッカー・ワールドカップの予選リーグ、ドイツ―コスタリカ戦と日本―スペイン戦がライブ配信されていたのです。試合の結果で日本とドイツのどちらが決勝に進むか決まるとあって、辺りには異様な熱気が漂っています。そんな喧騒を通り抜け、わたしはそっとミュンヘン行きのドイツ国内線へと向かいました。

 ミュンヘン空港に着くと車に乗り込み、南へ100km。オーケストラ国境近くに位置する、バイエルンの山岳地帯を目指します。
 1時間半ほどで、アルプスの山々に囲まれた五つ星ホテル、シュロス・エルマウが見えてきました。「シュロス Schloss」とはドイツ語で「城」の意味。アルプスの山の中にお城のような建築がそびえ立つ、世界屈指のラグジュアリーホテルです。目の前に広がる絶景に、わたしは思わず息をのみました。 

 シュロス・エルマウは、世界中から音楽好きが集う場所としても有名です。オーナーのエルマウさんが熱心なクラシックの愛好家だったことから、ホテル内のコンサート・ホールでは数々の名演が開催されてきたといいます。マルタ・アルゲリッチセルゲイ・ババヤンのアルバム〈プロコフィエフ・フォー・トゥー〉も、ここで収録されたそうです。

◆この景色の魅力を、即興曲で届けたい

 わたしのリサイタルはお昼の11時からスタート。モーツァルトの《「きらきら星変奏曲」K.265 ハ長調》《「デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲」K.573 ニ長調》、《ピアノソナタ 第9番 K.311 ニ長調》、そしてリストの《バラード 第2番 ロ短調 S.171》を選びました。

 さすが超高級リゾートとあって、客席には、人生を優雅に楽しんでおられるような品のいいご高齢の方の姿が目立ちます。みなさんゆったりとわたしの演奏を味わってくださったようで、終始あたたかなムードでした。
 プログラム終了後、拍手で迎えていただいたわたしは、ドイツ語でこう切り出しました。
「みなさんに謝罪したいことがあります。一昨日、日本が勝ってしまったことを……」
そう、日本はスペインを下して決勝に進出し、結果ドイツは予選敗退となっていたのです。意外にも、会場は割れんばかりの爆笑に包まれました。その和やかなリアクションが嬉しくて、わたしはこう続けました。
「アンコールでは、この地の素晴らしい景色から感じ取ったものを、曲にしてお届けします」
 あまりに気分が高揚していたのでしょう。ドイツ語でスピーチをするのも初めてならば、コンサートで即興曲を披露するのも初めてのことです。

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