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田原にか「拡散」――#2000字のホラー〈最恐版〉

note × WEB別冊文藝春秋 の投稿企画「#2000字のホラー」。
2022年8月23日から9月30日の応募期間中、実に1847作もの投稿を頂きました。
いまの時代ならではの「怖さ」の詰まった投稿の数々を、編集部一同背筋を凍らせながら拝読しました。その中でも「これは!」と思った3作に「WEB別冊文藝春秋賞」を贈呈。受賞された作品は編集部とのやりとりを経て改稿され、電子文芸誌『別冊文藝春秋』に収録。その「最恐版」をこちらでもご紹介します!
他2作はコチラ ▶和來花果「雨の日の怪談」 ▶なちこ「市松人形」

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拡散

昨日の夜、息子が行方不明になりました。死にたいとメッセージが来た後、こちらからの連絡はつながらなくなりました。15歳、身長174cm痩せ形、眼鏡かけています。あさばり市近辺にお住みの皆様、もし見かけた方はご一報いただけますでしょうか?

 マスク姿の高校生の画像がついたツイートは瞬く間に拡散された。
 
 私も即座にリツイートした。同じ年の息子がいる母親として、他人事とは思えなかった。しかも近所である。すでに1万を超えるリツイートがあるが、まだ息子さんは戻ってきていないようだ。
 そして次の日、しつそうしやの母親がツイートをした。 

沢山のリツイートありがとうございます。まだ息子は帰ってきません。マスクの画像では顔が分からなくて捜せないとコメントされたので、先週の誕生日の写真を載せます。よろしくお願いします。 

 行方不明というのでヤンチャしている子かもしれないと勘ぐってしまっていた。しかし誕生日のケーキを前に笑顔を見せている息子さんはむしろ読書の似合うタイプに見えた。昔は息子も本が好きだった事を思い出しながら、またリツイートした。
 そしてまた次の日、母親からツイートがあった。 

皆さんありがとうございます。まだ息子は戻りません。息子が最後に書いたメッセージを載せたいと思います。何とか息子にもう一度会いたい。死なないで欲しい。よろしくお願いします。 

 ノートに書き殴ったような文字で「死にたい」と書かれていた。15歳の男の子に「死にたい」と書かせてしまう状況を想像するだけで胸が締めつけられる思いだった。私はまたリツイートした。
 次の母親のツイートは、悲愴感すら漂っていた。 

たっくん、戻ってきて。お願い、待ってるから。 

 もう母親も限界なのだろう。息子の安全を願う気持ちに同情しながらリツイートした。
 そして次に上がったツイートは私の心を揺さぶる内容だった。

まだ息子は見つかりません。もう諦めた方がいいでしょうか? 私も息子と同じ場所に行きたい。 

 ツイートと共に、画像が何枚か掲載されていた。幼稚園の運動会で走る姿、自分の体と同じ位の大きさのランドセルを背負った姿、縁日で金魚をすくう姿。どれもてんしんらんまんな笑顔が印象的だ。この子が死にたいとノートに書き殴る姿は全く想像できない。息子と会えるならたとえ死を選んでも構わないという母親の気持ちはよくわかる。私は意を決して母親にDMをした。

——突然のDM失礼します。諦めないで下さい。同じ市に住む母親として胸が苦しいです。何ができるかわかりませんが、お手伝いできるでしょうか?

——ありがとうございます。息子が戻ってくる事だけが私の願いです。近所を捜しているのですが、見つかりません。私が思いつかないような場所にいるかもしれないので、息子に似ている人を見かけたら連絡していただけると嬉しいです。 

——わかりました。何か趣味とか好きな物はわかりますか? 

——息子は漫画と猫が大好きです。ご迷惑をおかけしますが、何卒よろしくお願いします。 

 私は息子さんの画像を手にして、町中を捜す事にした。一日中、高校生がいそうな所、泊まれそうな所、思いつく限りの場所を捜した。そして次の日、母親にDMを送った。 

——息子さん、うちの近くでは見つかりませんでした。 

——そうですか、わざわざありがとうございます。 

——捜しているのは近隣だけでしょうか。こんな事は決して考えたくはないですが、あくまで可能性の話として、こちらもそうさくされると良いかもしれません。 

 私は日本全国の自殺の名所をいくつか紹介した。母親は感謝の気持ちを述べて、警察へ相談すると伝えてきた。しかし弱気な発言もしていた。 

——もしかして、息子はもう死んでしまったのでしょうか……?

——絶対に諦めないで下さいね。必ず息子さんは生きてます! 大丈夫! 私が保証します! 

 まだ、と心の中で付け加えた。
 スマホから目線を外すと、天真爛漫な笑顔を失った高校生が縛られたままの姿で私を睨んでいた。
 早朝に漫画喫茶から出てきた時の表情とは別人だ。
 
「すみません、突然声をかけて。死んだ息子にどことなく似ていて。お願いがあるんですが、1日だけ息子のフリをして貰えませんか?」
 根は優しい子なのだろう。ひょいひょいとついてきた。最終的には家で昼飯を食べ、息子の遺影に手を合わせてくれた。この子は家を飛び出したものの自殺を躊躇ためらっていたのだろう。行動が息子の時と同じだ。
 昼飯のお礼にと食器を洗い流す姿が、洗い物の手伝いをする息子のようで心の奥がギュッと苦しくなった。もう一度、息子に会いたい。
 
 騒ぎ出したのでスタンガンで失神させ、ズボンの上から大人用のオムツを穿かせた。

——本日も息子からの連絡はありません。どこにいったのでしょうか。今日は富士の樹海の入り口を捜してみようと思います。捜索にご協力いただいている皆様、とても感謝いたします。生きている、大丈夫と力強いDMもいただきました。とても力になります。

 もう母親の動きは手に取るようにわかる。これから向かう岸壁は、母親には伝えていない場所だ。名所でなくとも、いくらでも良い場所はある。猫ではないがウミネコが飛んでいるからこの子も寂しくないだろう。
 
 一人でも多く、私と同じ目にえばいい。

(了)


<編集部コメント>

突然、行方がわからなくなってしまった男子高校生。
彼を心配する母親のツイートが涙を誘います。
そして、ツイートを見て心を乱す母親がもうひとり――。
ふたりの母の慟哭が否応なく作品のテンションをあげていき、一気に読み進めてしまう面白さです。
それがあるところで「えっ?」という展開を迎え……
その反転を鮮やかに見せるためには、とにかく「何が起きているのか」という状況が掴めるよう、シーンの解像度を上げ、しっかり描写するのがオススメです。
田原さんはこの点を巧みにやり切るとともに、次の瞬間、彼女の目的がわかってゾッとできるよう、推敲を重ねてくださったのが利いています。

<投稿作>


はらにか
田原にか、もしくはたらはかにと申します。
ショートショート作家のまるまさともさんに影響を受け、創作活動を行っています。ちょっと不思議な世界観で、ほのぼの系からホラー系まで幅広い作品を執筆。また、2021年から毎日、猫をお題にした140字の小説をSNSに投稿しているほどの猫好き。noteでは毎週「ショートショートnote」というカードゲームを用いてお題を提示し、幅広くみなさんからショートショート作品を投稿してもらう企画も行っています(一年で実に3000作以上の作品がnoteに投稿されました!)。


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