高田大介「星見たちの密書 エディシオン・クリティーク」#002
2章 18世紀のテレグラフ
苦難に満ちた来仏初日から一晩あけて、修理はあてがわれた客用寝室から寝ぼけ眼を擦って階下のサロンに降りていった。そちらではコーヒーの香りが馥郁と漂っていた。修理の実家では母が紅茶党だったので、コーヒーで始まる朝という感覚そのものが新鮮だ。ドアノー家の女性陣御三方が遅めの朝食をとっていたのである。
「おはよう、シュリ」日本語の挨拶はマルゴからのものだ。「疲れはとれた?」
マルゴは修理の父、算哲の先妻で、当然ながら少なからず日本語で意思疎通が出来た。もちろん幾つかの挨拶や簡単な会話文に限られたけれども。はやくも会話はフランス語に切り替わっている。
「サンテツとタエには連絡しておいたわよ。すぐに電話でもしてあげなきゃ駄目じゃない。心配してたんだから」
「あぁ、有り難う。メールは夕べ……というか寝る前に送ったんだけど」
「出先でメールをチェックするような人じゃないじゃない。電話じゃなきゃ駄目でしょ」
人の親のことについて知ったようなことを言うが、考えてみれば彼女が父の初めの妻だ。修理の母や、もちろん修理自身よりも長い付き合いがあるのだった。
「心配してたのよ、私だって。だって陽のあるうちには着くと思ってたのに夜更けまで帰ってこないんだから。電話も切れてるし」
そういってアップルパイの残りをぽいと口に放り込んだ。「リンゴのスリッパ」っていう菓子パンだ。
「心配おかけしてごめんなさい。なにしろトランジットのヘルシンキで充電切れになってから放置しちゃってたから。有料の待合室やTGVの車内で充電は出来るっていう世間知がなかったんだよね。悪しからず許して欲しいな」
マルゴ・プレヴァンは緩くカールしたゴージャスなブルネットで、瞳は薄い翠、部屋着のガウンでサロンの籐椅子に腰掛けている様子はちょっとした貴婦人のようだ。若い時はカルチェ・ラタンの姫みたいな立場だったと聞いたことがある。もう六十絡みだが、上背があって背筋は伸びており、修理にかける言葉も張りのあるアルトで声量があった。マルゴはオルレアンの高校のシェフ・デタブリッスマン、つまり校長のような立場である。威厳も立場相当だ。定年ぎりぎりまで戦い続ける覚悟でいるフランス語ラテン語の教師でもあった。なにと戦っているのかというと、いまフランス中の高校で古典語のコマ数削減の嵐が巻き起こっているのだ。中学では既にラテン語ですら必修科目ではない。マルゴはこの趨勢に抗っている同僚古典語教師の間の地域連絡会の重鎮なのだそう。
なるほどサロンの暖炉の向かいの壁面を重厚な古典の書棚の数々が埋めていて、そちらを背景に写真を撮ればいかにも教養人といった押し出しのポートレイトになるだろう。しかし書棚に並ぶ書物は背表紙の揃わぬ雑然とした配列に見え、所々で横に倒して上の空きスペースに挿入してあったり、奥に押し込んだ書物の前に積んであったりと、あんまり整理が行き届いていないようにも見えるのだが……これは修理の家の母の書棚に似ていた。はったりで背表紙を並べてあるのではなく、自然と行き掛かり上こうなってしまったという様子の書棚なのだ。
ちなみに父の算哲の方は本読みであるにくわえて、愛書家であり、コレクターでもある。彼の書斎は拘りの横溢した美学的な書棚を誇っていたが、いかんせん収納スペースの拡大よりも本の増加の方が何桁かオーダーが高いので、格好が整っているのはその面の書架ばかりで、文机の周りには未整理書籍がばらばらと納められた段ボールが山と積まれているのだった。そういえば父の大学の研究室の方の書架はやはり、マルゴや母の書棚同様に「行き掛かり上こうなった」といったような押し出しになっていた。父の書斎の、あの美学的な書棚の一角は、せめても守られている小さな箱庭みたいなものなのだろう。画角を変えれば本は単に文字通り山と積まれている。
修理の両親は今はイギリスのオックスフォードにいた。母の方に学恩のある英文学の「先生」を夫妻で訪ねていた折であり、こちらドアノー家の別宅に合流するのはだいたい一週間後のことになろう。
「いつこっちに来るんだって? トゥールに空港ってあるんだよね?」
修理がその辺のことを確認すると、マルゴがちょっと片眉をしかめて答える。
「クロードが同行してるのよ。車で」
「クロードに運転を頼んだの? 厚かましいね」
「彼は運転が好きだから。海峡トンネルを突っ走ってると気分が高揚するんだって。気が知れないわ」
「ただのトンネルでしょう?」
「それからロンドン周辺のこちゃこちゃした街路が好きなのよ。左側通行が楽しいんだって。辻々で人を引っかけそうになって、『今の、危なかったな』って大喜びするんだから。男って幾つになってもほんとに馬鹿よね。うちは娘ばっかりで良かったわ」
こうして悪し様に言われているクロード・ドアノーはマルゴの同僚で今の夫である。考えてみると、修理の親族、姻族、それから幼馴染みの実家もそうだが、何の因果が報いたものか「親が教師」という家庭ばかりだ。
「ギィはまだ寝てるの?」ローテーブルを囲んだ女三人を見まわせばレティシアが応えた。
「死んでる」
修理は失笑しながら「昨日は世話になってしまったから」と取りなすが、レティシアは冷たい。
「迷惑かけられたの間違いでしょ。ほんとに馬鹿なんだから。パパの比じゃないよね」
「いい勝負よ」とマルゴ。
「二十時間のフライトを経てきた友人をバイクで迎えに行く馬鹿なんて聞いたこともないよ」
「来てくれただけで有り難かったよ」
「しかもあんなポンコツで。あたしは絶対乗らない。まっぴら御免」
「ちゃんと走っている時はなかなか気持ちよかったよ。新鮮な経験だった」
「ちゃんと走ってはいなかったんじゃない。御免ね、シュリ。苦労をかけて」
「レティ、シュリにコーヒーいれたげなさいよ」
はーい、と返事をして席をたったレティシア・ドアノーはクロードとマルゴの娘である。既に触れてあったとおり、嵯峨野家とは血縁関係はないが、修理とは歳が近いのでとりわけ仲が良かった。いつも潑剌とした勝ち気な容貌の娘で、ブルネットのベリーショート、今朝は縮みの麻の……なんというのかリゾートドレスとでもいうのか、涼しげなワンピースが軽く膝元で揺蕩っていた。
今回で顔を突き合わせて会うのはたかだか三回目だったが、遠い親戚にしては割と気安い様子なのは、たしかに気心が知れている部分があったからだ。それというのも数年前になる前回の来仏の時以来、修理とレティシアはフェイスブックのアカウントを相互にフォローしていて、なんとなく互いの私生活、日々の動向というものを知らせあっている形になっていた。
だから修理はレティシアがギィと付きあっているとか、美大を出てインターンで入ったデザイン事務所に後に正規雇用されたとか、年がら年中パーティーに出ていて寿司が大好き、特にガリが大好きだなんてことも知っていた。いっぽうでレティシアの方も修理の幼馴染みの真理と佐江のことまでかねてご案内だ。そもそも投稿頻度が低くって、しかも著しく無味乾燥な修理のフェイスブックの壁を「つまらん」と腐したところ、辛うじて度々女の子が登場するようになり、それが岩槻家の姉妹ばっかりだったからだ。修理の日常はほぼ女っ気なしで、なんだか華々しいイベントもないし、勉強ばっかりしているようだし、レティシアから見ると「修道院か!」という感じなのだが、まあ好きな女の子ぐらいはいるんだね、と納得していた。ただ、中学校から男子だけを集めた難関大学への養成コースみたいになっている学校が日本には幾つも存続していることを知り、レティシアは「なにそれ、中世?」とつねづね修理をからかっていた。
「修理も菓子パンでいいの? うんとお腹減ってるんじゃない? コロニアルスタイルにしてもいいんだよ」
おっとりと気の利いたことを言ってきたのが修理の腹違いの姉、セリア・プレヴァン=サガノで、彼女は数年前に自身が離婚していらい従前の旧姓で「プレヴァン=嵯峨野」をまた名乗っていた。
こちらは三十半ばの物静かな美人で、日仏のハーフということになるが、豊かな黒髪と人のよさそうな垂れ目が嵯峨野算哲譲りだった。ただし妹のレティシアの評によれば「お姉ちゃんは妖婦」ということだ。セリアも美術畑の仕事をしていたが美大の出ではなく、パリ第一大学、いわゆるパンテオン=ソルボンヌで美術史を専攻したインテリで、アーティスト、美術商、学芸員、イベント・プロモーターといった美術界隈での人材の取り持ちをする芸能事務所に奉職していた。そして幾つものキュレーション・プロジェクトやアート・イベントの舞台裏の人間模様がセリアを中心に瓦解していったというのである。レティシアの忌憚の無い表現に従えば「矢鱈無性にもてるので、職場やプロジェクトの人間関係がすぐに崩壊してしまう」とのことで、今風に言えばサークル・クラッシャーということになるだろうか。ただ本人は何らの邪気も悪意も持ち合わせていないのであって、ひとえに著しくもててしまうのが罪、という質の悪さなのだとレティシアは言う。
なまじ遺伝子を共有しているからだろうか、修理からするとセリアのそうした妖人めいた側面はあまり感得されないのだが、実妹のレティシアは厳しい。ややエキゾチックな無国籍めいた容貌で、緩く編んだ黒髪を後ろに垂らし、いつもはぁと溜め息を吐いて壁に寄りかかっている細身の蒲柳の質、ほんらい仕事は出来るが疲れやすく同僚に頼りがち、芯はあってもなんどきでも穏やかで知的な言葉つき、こうしたセリアの立ち居振る舞いには周りの女達はさぞや苛々させられているだろう、お姉ちゃんじゃなくって他人だったら、たぶんあたしも大っ嫌いと歯に衣着せぬコメントが頂けた。
「ギィは大丈夫なの? セリアと会わせておいても」
「めっちゃ警戒はしてる。でもギィはあんまり複雑な方じゃないからたぶん大丈夫。あれにやられるのはね、この人を支えられるのは僕しかいないんじゃないかって思うような……」
「ああ、はい」
「心遣いの細やかな出来る男が大嵌まりして……」
「判るような」
「それで地獄が始まる」
たしかに腹が減っていた修理はセリアの指導のもとで冷蔵庫を開け、ベーコンを焼いて卵を落とし、菓子パンではなくトーストを焼いて簡単なコロニアルスタイルと相成った。作ってくれはしないのだ。もっともその方が気が楽だった。
「日本では朝は何を食べるの?」レティシアが何の気なしに訊いてきた。
修理がもぐもぐやっているとセリアが横から答える。
「米を炊くのよね。それから味噌汁」
「朝から米を炊くの?」
実体験もあったのだろう、マルゴが付け加える。
「それから魚を焼くわね」
「朝から魚を焼くの?」
「それはだいぶ伝統的な理想の朝ご飯ってことになるかな」
「シュリのうちでも朝から魚? 魚って何?」
「鮭とか、鰯とか? あと……何て言うのかな、えーと」
「鯵でしょ」
その単語が出なかったが、マルゴの方が詳しかった。さすがに日本人の夫を持っていただけのことはある。
「あんまりそんな和風にはしないかな。うちだとパンが多いよ。母がパン焼き器で食パンを焼くんだよね。あとはこんな風」と目玉焼きを指さした。
そうこうするうちにギィが起きてきた。部屋履きのエスパドリーユを引きずってサロンに入ってくる。
「生き返ったか」とレティシア。
「おはよう、皆さん。良い匂いだね、お腹減っちゃったよ。あれ、シュリ、それいいね」
ギィはシュリの遅い朝食を見て羨ましがる。夕べは空腹を満たすよりもまずシャワーを浴びてベッドに崩れ落ちた二人だ。朝はコロニアルスタイルの方が食指が動いた。
「スクランブル・エッグでよければ作ってあげようか」とレティシア。
「ええ、シュリと同じのがいいな」
「じゃあ自分でやりなさいよ」
結局ギィは自分で作った——というか作り損ねた、四玉ことごとく黄身の崩れてしまったベーコンエッグと、件の「リンゴのスリッパ」、それからチョコ入りの四角いクロワッサンとでもいった感じの「パン・オ・ショコラ」をあっという間に二つずつ平らげる。
ブランチをやっつけているあいだ、レティシアからはずっとお小言を言われていて可哀想だったが、なにくれとなく文句を言いながらまたカフェオレのお代わりを注いでやって、食後にリンゴを持ってきてやったりしているところを見ると、レティシアとギィは平生からこんな調子なのかもしれない。
うるさがただが世話焼きの妹がギィに構っているのを、マルゴとセリアは黙って見つめていた。
午後になって三人はどこへともなく去っていったが、それは隣町に買い物に出ていたのだった。
男二人はお疲れでしょうから、休んでいてと放っておかれた。一晩ぐっすりと眠って、腹もくちくなったばかりだが、これ幸いと修理はドアノー家の中庭の科の木の木陰にガーデンチェアを引きずっていって、父母に電話をかけたり、真理にメールを打ったり、それから長い旅程の間に気になったことや、言えなかった単語なんかのメモを書いたりしていた。
ギィはハーレーを乗り回すにあたっての「トラブル回避の極意」なんていう指南の頁をネット上に見つけたらしく、中庭に彼のバイクを持ち込んでタブレット端末を片手に、素人ながらも各部の点検に及んでいた。
「ランディがボルトは正しい工具で適切なトルクで締め込むようにって言ってたよ」
「じゃあ、ここでは手の出しようもないな。モンキーレンチじゃボルトをなめちまって藪蛇か。例の車載工具一式ってのを買ってこなきゃいけないのかな。けっこう高そうなんだよなぁ」
「そして分数の通分を再履修しないとだね。緩みうるパーツはすべて緩むって話だから、ぐらぐらしてないかどうかは一個いっこ見てったらいいんじゃない?」
「なんだか、ここはよく緩むっていう注意点がいっぱいあるんだよな。最も注意しなきゃいけないのは、余りきつくは締め込まない『外装系だけど動くパーツ』のボルトだってさ。バックミラーの根元とか、サイドスタンドを止めてあるボルト、ナットが一番緩みがちなんだそうだ」
「サイドスタンド?」
「ツーリング中にサイドスタンドの螺子が緩んでて、走行中に落っことしちゃったやつがいて、そいつは帰ってくるまで旅の間中バイクを停めておくことが出来なくって、一日跨がったまんまで過ごす羽目になったってさ」
「……それは災難だな。ギィも気をつけて」
午後の日差しがめぐって日陰の位置が動いていく。ギィと修理はガーデンテーブルと椅子を引きずって木陰に収めた。それからテーブルの上に広域道路地図を広げて、昨日の移動ルートを辿って見返していた。
修理は地図とか天気図とか星図とかのマニアである。本当は道路地図ではなくて山行に使うような二万五千分の一ぐらいの地形図が一番好きだった。あるいは縮尺の不確かな古地図に目がなくって、東北地方から上が存在しない下半身だけの日本列島図だとか、地中海沿岸の相対的位置関係だけは妙に細かく反映しているのにアジアやアフリカは単に「地の果て」みたいに概念的にしか表示しない西欧のTO図だとかが大好きだった。それは昔の人の「関心の地図」であって、古文書などより如実に往時の時代精神を露なものとする「心の地図」なのだ。
天気図についてはNHKラジオの気象通報を録音しないで「流し」で聞いて、ラジオ用天気図用紙に天候、風向、風力、それから気圧を記してゆき、等圧線を結んで、実況天気図を一発で書き上げるという、所謂「ラジオ天気図」の一発書きを特技としていた。これは中学の理科第二分野の夏休みの課題として課されたものだったのだが、何が面白かったのか、修理はその年、所定の数日分だけではなく、夏休み中毎日の12時現在実況天気図を揃えて提出したのだった。ほぼリアルタイムの天気図がネットで参照できる今日にあって、この技能が何の役に立つかというと何の役にも立ちそうにないのだが、修理も学友もこうした役に立たない高度技能というのにめっぽう弱いのだ。πの百桁暗唱なんていうのは出来る奴がクラスに何人もいたし、大化以来の元号がぜんぶ何年まであるかを言うことの出来る奴もいた。彼らからすると理科年表は参照書籍にはとどまらず、しばしば覚えておくべき単語帳になるのだ。彼らにとっては「記憶の人、フネス」は哀れな狂人ではなくて、憧れの超人だった。
こうしたパラノイアックな暗記マニアや、記録に偏執的な関心を示す人物はアカデミアではいろいろなところに潜んでいるものだが、それは洋の東西を問わない。
また手ずから描いた同一時刻の実況天気図が経日変化していくことを面白がったり、同一地域の新旧の地図に思わぬ齟齬や変化があることを楽しんだりする人物もまた、洋の東西を問わずいるものである。
ここでは昨日出会ったばかりのギィがその人だった。
昨日の移動経路をつくづく眺めて、記憶と照合している様子の修理を見て、ギィはここでも奇妙な連帯感を覚えていた。
歴史学徒ならば当たり前のことだったかもしれない。ギィ・ドリュイエも地域の古地図や、土地利用図や、領主権の変遷の資料には明るかったし、言ってしまえば古地図、古資料のマニアだったのは理の当然だ。そしてトゥールやオルレアンやブールジュなどの都市を擁するサントル・ヴァル・ド・ロワール地域圏の古資料電子データベース化コンソーシアムの委員長を務めていたのが、ギィの論文指導にあたったアンドレ・ラファエル氏であり、そのセミネールに所属していたギィは教授の懐刀の一人——古資料とデジタルデータの扱いに通じた、資料電子データ化とAI文字認識と画像検索が専門領域の技術者・研究者の末席に名を連ねていたのだった。
「シュリ、その辺の地図なら16世紀からこっちのデータベースがあるよ」
「ネットに公開されてるってこと?」
「いや、まだデータ・マイニングとデータベース化の前処理の段階だけど、トゥール近郊の古地図の生データなら俺のアカウントのクラウドに大概入ってるんだ。そのタブレットと、俺の生体認証が必要だけど、開いているものを横から見るだけなら構わないよな」
「えっ、興味あるけど」
「やっぱりそうなのか。ひとつ趣味が合ったな。これは本当はコンソーシアムの規約違反になるかもしれないけど……俺が開いているデータを君が横から閲覧しているだけなら咎められる筋合いはないよな?」
「大丈夫? そんな緩めの規約なの?」
「シュリがデータを横流ししたり、勝手に改竄したりしたら、俺は首になるかも知れないけどさ」
ギィの見せてくれたデータベースは修理にとってはまさに宝の山だった。パリの国立図書館所蔵の珍品の数々や、サントル・ヴァル・ド・ロワール地域圏の大学群の資料体、さらに南に下ってヌーベル・アキテーヌ地域圏のポワチエ、アングレーム、リモージュ旧三大学が連結して管理している資料群など、様々な地域に散逸している古地図、古資料がタグ付きデータベースの形で集積され、時代、地域のみならず、地勢とか人口とか治水とかいった「関心の系列」によってリファレンス出来る——そうしたデジタルコンテンツが作成されているのである。現況は試験運用のベータ版だそうで、したがって関係の研究者しか閲覧できない。
修理自身も問題のコンソーシアムに参加させてもらいたいぐらいだった。文字通り垂涎のデータベースである。
たとえば18世紀のオルレアンの市街図は50㎝四方の銅版画で、昔懐かしい装飾額縁みたいな縁取りのある印刷地図だった。おそらく実用に供されていたものだが美学的にも優れている。凡例や地図中の書き込みはフランス語だが、ところどころにラテン語の注記が残っており、城壁で囲われた城砦都市のかつての様子がありありと解る。オルレアン旧市街の街路の構成はその歴史の長さ、その成長の複雑さとでもいった特徴をはっきり示していて、どの街区ブロックをとっても一つたりとも同じ大きさ、同じ形のものが無いかのようだ。
「すごいね、パズルのピースにしたら全部違う形になる。ちょっと手強いパズルになりそうだなあ」
「それは面白いな、良い企画だ。シュリは『新しいオルレアン』は知ってる? 行ったことある?」
「新しい……ああ、ニュー・オーリンズのことか、ルイジアナ州の。僕はアメリカは行ったことないんだよね」
ギィがニュー・オーリンズの古地図も隣に呼び出して見せる。
「なるほど! これはミシシッピ川だよね? 大枠は一緒なのに……大違いなんだな、街の造りが」
フランスの古いオルレアンとアメリカの「新しいオルレアン」。前者は起源を尋ねれば紀元前に遡るロワール川にはりついた城砦都市で中世にはオルレアン公領の首都だった。後者はミシシッピ川沿岸に発達したフランス領ルイジアナの新興都市で18世紀初頭の成立だ。いずれも大河の北岸に城壁を巡らせて建設された城砦を中心にもつ大都市であり、大枠はそっくりなのだが……。
オルレアンは修理の言うように街区の全てのブロックが大きさも形も異なっている「複雑なパズル」であるのに対し、ニュー・オーリンズは奇麗な「碁盤目」だった。オルレアンでは城砦外郭の外へ拡がっていく都市外縁もやはり城内と同様に生き物のように絡み合い、干渉しあいながら育っていったことが判る複雑な構成になっている。かたやニュー・オーリンズは中心街から郊外までが一貫した碁盤目で出来ている。二つのオルレアンの街路構成には著しい対照があった。
「計画都市っていうものの特徴だな。アメリカの都市はだいたいこうした造りになってる。方格設計っていうんだ。サクラメント、ヒューストン、ポートランド……と代表例は軒並みアメリカの都市だね。もちろんヨーロッパでもマンハイムの四角形とか、バルセロナの大拡張計画とか、碁盤目で有名な街はあるけど、だいたい近代に仕切り直したものだな」
「より古い歴史のあるヨーロッパの都市は雑然としてるんだね。育ち方が複雑なのか……」
「漸進的成長、自然成長性ってやつだ。古い都市は大概こうしたもんなんだ」
「日本だと逆に、最も古くてよく保存されている街の方がこうした方格設計なんだけどね。条坊制って言ってさ」
「キヨト、ナラだろ? 千年遡る都市で方格設計が残っているのは珍しい例だよ。日本はものもちがいいんだな。フランス国内ではガロ・ロマン時代のローマ植民都市はやっぱり方格設計になってる例が多いんだけど、だいたいその後の自然成長性によって塗りつぶされてしまうことがほとんどだ。碁盤目は地面のしたに埋まってるんだよ。フランスで残っている方格設計の都市はね、ル・アーヴルなんかが有名だけど……」
「世界第二次大戦の激戦地だよね。ということは……」
「焼け野原の更地にされちゃったんだな。だから新規まき直しの都市計画で『合理的』なコンクリートの方格設計が実現できたわけ」
「なるほどね。二つのオルレアンか。考えたこともなかったけど面白いね。ギィはこういうのが専門なの?」
「なに言ってんだ、これは基本だよ。クリストファー・アレグザンダーの都市成長論が出たのは60年代だぜ」
「トゥールはどうなの? トゥールも古い都市だよね」
「トゥールは近代、それから戦後に大まかな縦横の線をはっきりさせたんだけど、一歩旧市街に踏み込むともうぐちゃぐちゃだよ」
そういってギィが画面に呼び出したのはトゥールの鳥瞰図、これも銅版の印刷でうすく色がさしてあった。
「17世紀の銅版で水彩の手彩だな。ロワール川沿いの城砦都市とその外縁部のクォーター・ビューだ」
「見覚えのある建物が幾つかあるね」
「中央市街が戦災を免れているからな。聖ガティアン大聖堂と聖マルタン大聖堂がはっきり描いてあるな。この辺を結ぶ線上が古トゥールで、中世の市街がそのまま残っているから道の繫がりはえらくややこしいんだ。目的地の塔が見えているのに、そこまでどういったらいいか地元民じゃないと見当がつかないなんて言われてる。道が細いし、接続は複雑だし、一方通行は多いし、到るところテラス席のテーブルがはみ出ているしで、カー・ナヴィに頼って車で突っ込んでいくと酷い目にあうんだよ。目的地まで渦巻き状に迫っていけなんていう指示が出る」
「鹿狩りの猟師みたいだね。そもそもトゥールは車に向いた街じゃないよね。自転車を優遇しているみたいだし」
「中心街はトラムで仕切られているし、自転車道をどこも広くとっているしな。車の通行はなんなら許してやらないでもないぐらいの扱いだよな。街の中心の目抜き通りの一番大きい橋に車道がないっていう罠にはまって、他所から車で来た人はたいてい吃驚させられる」
「だから市街地を出ていく時にまず高速に乗ったのか。その後すぐに高速を降りちゃったから、何をしているのかと思ったんだよね」
「トゥール市街は北も南も川で遮られてるから、下道で行こうとすると数少ない橋に車列が集中してえらく紛糾するんだよ」
ギィは修理が道路地図の上に辿っていた、先日ハーレーで通ったルートに合わせて、その部分の古地図を幾枚か呼び出していた。
「この辺で急に森になっていたけど、これは何?」
「シェール川の河岸段丘だな。その上はリセとトゥール大の理工学部や薬学部のキャンパスで、まわりが森で囲まれてる」
「けっこう段差があるよね」
「トゥール市街を囲むロワール川もシェール川も、かなりくっきりとした断崖の河岸段丘を持ってる。石灰質の多い地盤が洗掘された古代の河床が市街地になっているんだな。だから長らく水害に悩まされた土地柄で、第二帝政期には既に今日とほぼ同水準の高度護岸が済んでいたんだ」
「段丘の上は真っ平らだよね。この辺は全部農地なの?」
「石灰質の水はけのいい台地っていうと、この地域では河岸段丘の上に何を育てるか、選択肢は一択だぜ」
「……そうか、葡萄畑なんだね。ここにドリュイエって村があるけど」
「俺とは関係ないよ。ドリュイエってのは地名としても人名としてもありふれた名前だ。『楢』を意味するガリア土着の語が語源だとかいう話だったな。フランス中にあるんじゃないか?」
「楢が生えてりゃ、ドリュイエ村も生えるのか」
修理は道路図を指で辿り、タブレットの古地図をスクロールさせて見比べていた。ルートのおさらいはトゥールを離れて十キロほどの地域にさしかかっている。一直線に延びる例のD910が高速道路A10と絡み合うように南下していく様子だ。
「この辺は新興開発地域なのかな。大きな店がずっと並んでいたよね」
「シャンブレの辺りだな。すぐ裏に住宅地が迫っているんだけど、この辺りは新しい商業区域になってる。大規模店舗やカーディーラー、でかい駐車場のある店の並んだ界隈」
「なるほど、18世紀の地図だと……太い幹線道の影も形もないね。これは全部農道だよね」
「高速も産業道路も要するにモータリゼーション以降の整備だからね。この辺の原野が、今みたいな商品作物を育てる大規模農場になったのも農業の機械化が進んだ以降の話だし、そもそもシャンブレの辺りの人口増は高速の出口があった場所だっていうのが原因だ。要するにトゥール中心街のベッドタウンだったんだよ。この辺りからならトゥールに二十分で行けるからな」
「そうか……農地が拡がっているのも、住宅街や商業地があるのも、モータリゼーションが前提なのか」
「中西部の中規模都市はだいたい中心街は時間が停まったみたいに古色蒼然としていて、市街から遠く郊外の10㎞圏、20㎞圏にモダンな住宅街が拡がる。小金を持っている連中は車を持ってるし郊外に住むんだよ。中心街のアパルトマンに住んでるのは学生や独身者、旧市街地のすぐ外側には団地が拡がってるって感じかな」
「郊外の住宅っていうのは、だいたいこんな感じ?」
修理は中庭を囲むドアノー家のコの字形の邸宅を指さした。東面の母屋は外側に玄関ホール、中庭に面した側にサロンがあり、この母屋の両端から北翼、南翼の二棟が伸びてコの字を書いている。広い中庭に、かつては厩舎か、農具置き場だったと思しきガレージがあり、さっきまでギィがハーレーをいじっていたのはその前でだった。さらに低いミズキの生け垣の向こう、屋敷の敷地の外に休耕地が拡がって、いまはイネ科の雑草が一面を覆っている。この屋敷は小金を持って移り住むというには大規模なんじゃないかと思えたのだ。案の定、ギィは否定した。
「これは産業革命以前からの豪農の屋敷だよ。土地持ちのお屋敷をリフォームしたんだろう」
「そうなのか。窓枠はアルミサッシだし、全室電化だよね。そこそこ新しいのかと思った」
「これは築百年じゃきかないよ。壁が多孔質ブロックじゃなくて、荒石積みだろ。暖炉もクラッシックな様式だしね。19世紀半ばならドアノー邸の周りも全部、近郊農業の農地か、雑木林か、原野だな。たぶん生業は酪農だったと思うよ」
「どうして判るの?」
「水場が遠いからだよ。中世、近世の農地っていうのは、現代よりももっと水辺近くに寄り添ってあったものだったんだ」
「なるほどね。D910沿いの果てしもない大農地は……撒水設備が前提になるってことだ」
「電動のポンプと給水塔が必須だよ。農地が拡がっているところには点々と塔が建ってるだろう」
修理の指はD910を離れ、彼とギィが「遭難」したあたりの広域農道を辿っていく。
「こうして地図上に辿っていくと、案外そこここに集落があるんだね。昨日の夜は何も見えなかったからなあ」
「十戸ぐらいの孤立集落は今はほとんど廃虚みたいなものだ。地権者がもう住んでいない集落が多いな。いまはこの地域圏だと、名義だけの地権者と地域住民は対立しがちなんだよね」
「どうして?」
「地権者はメガソーラー計画とか、風力発電計画とか、代替エネルギー構想に乗って大手のゼネコンに土地を売りたがっていることが多いんだけど、周りの住民だとか現役の農家だとかは環境悪化を恐れててさ。公聴会とか市議会とかで揉めているところばっかりだよ」
「静かな田園と、古びた前時代の農業集落……傍目には牧歌的に見えるけど、内情はけっこう散文的というか殺伐としてるんだね」
それからドアノー邸をまたぐるりと見渡して訊く。
「限界集落に成り果てて滅びていくばかりになるか、あるいは企業施設の用地として投機的物件になるか、それとも何らの目立った産業がなくとも住民が定着していて小村落として細々と存続していくのか、それはちょっとしたボタンの掛け違い、ちょっとした条件の違いで命運が分かれていくような微妙な問題なんだろうが……存続していくような自治体っていうのは、通り掛かりにも何となく判るもんだぜ」
「通り掛かりに? 一瞥で判るってこと?」
「まあ大体一目だね。教会が現役で、子供が小学校に通ってて、役所の前に花が活けてあるんだよ」
「そんなことで判るのかい」
「あとな、存続していくコミュヌには、猫の気配がする。猫とすれ違うんだ」
「なんで?」
「さあ、知らないよ。猫に訊いてくれ。滅びていく村落には猫はいないんだ」
「#別冊文藝春秋」まで、作品の感想・ご質問をお待ちしております!