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イナダシュンスケ|とんこつ遺伝子

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第21回
とんこつ遺伝子

 僕が高校生時代までを過ごした鹿児島は、昔から知る人ぞ知るラーメン王国です。ただし鹿児島ラーメンには、博多ラーメンのようなある程度統一的なスタイルはありません。言うなれば各店がてんでバラバラに、勝手に独特なラーメンを作っている、という感じでしょうか。

 もっとも、てんでバラバラではありつつ、そこにはどこかうっすらとした共通点も感じます。おそらくですが、それは主に豚骨や豚肉によってもたらされるフレーバーだと思います。ただ僕の料理人としての経験も踏まえて言うと、ただ豚を煮出せばそれだけでこのフレーバーが出てくる、などという単純なものでもないようです。その過程でもう少し複雑に、何かと何かが絡み合って、それは醸し出されるのかもしれません。

 そしてそのフレーバーは、久留米ラーメンや博多ラーメンを始めとする九州各地のラーメンや、海を隔てた沖縄の、澄んだスープの沖縄そばともどこか共通するものです。僕は昔から、九州人の多くがこのフレーバーに心を揺さぶられる「とんこつ遺伝子」とでも言うべきものを備えているのではないかと、半ば本気で思っています。

 ……と熱く語りましたが、僕は鹿児島に住んでいた頃は、あまりラーメンが好きではありませんでした。決して嫌いな食べ物というわけではなかったのですが、特別食べたいとも思わないものだったのです。ラーメンよりは「バジリコ・スパゲッティ」や「五目あんかけ焼きそば」なんかの方が、はるかに魅力的でした。

 高校生のころ母親に、実はラーメンがそんなに好きではない、という話をしたことがありました。その時母親から返ってきた言葉は、なかなかに意表を突かれるものでした。

「そう言う人は案外いるけど、鹿児島から出てよその土地に行った人たちは、帰ってくると必ずラーメンを食べたがるのよ」

 そんな馬鹿な、と僕は思いました。少なくとも自分の身にはそんなことは起こるはずがない、と。ところが、結論だけ言えば、その後僕には「そんなこと」が本当に起こりました。


 進学先の京都の大学で、僕はとりあえず軽音サークルに入部しました。その年の新入生には、僕を含め3人の九州人がいました。1人は以前この連載にも登場したパンクスのシゲ。ちゃんぽん王国・長崎の出身です。もう1人は自らをミックと名乗る、ブルースを愛するロックンロール・シンガー。福岡出身の彼は(当然の如く)博多・長浜の福岡ラーメンを神と崇めていました。

 入部後間もない頃、1学年上の先輩Nさんが、僕ら3人をまとめてラーメンに誘ってくれました。

「お前ら九州出身やから、ラーメンにはちょっとうるさいんとちゃう? ここからはちょっと遠いねんけど、俺が知る限りたぶん日本一コッテリしたラーメン屋があんねん。今から行かへん?」

 青森県出身ながら、持ち前の音感の良さゆえか1年ですっかり関西弁をマスターしていたNさんの勢いにも押され、我々はそのままそこに向かうことになりました。

 その店はその後全国にチェーン店を広げることになるラーメン店の、その発祥の本店でした。出てきたラーメンは、確かにいかにもコッテリしていそうでした。いわゆる「スープに箸が立ちそうな」ラーメンです。早速食べ始めました。しかし僕は、その味に違和感しか感じませんでした。

 食べながらNさんは我々に「どうや?」と聞いてきます。僕は素直にその違和感を口に出しました。

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