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イナダシュンスケ|羊肉期の終り

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第22回
羊肉期の終り


羊肉ようにくはお好きですか?」

 この質問にイエスと答える人の中には、まず、多くの北海道民が含まれているのではないかと思います。北海道は日本で最も日常的に羊肉が食べられている地域。人々は子供の頃から当たり前のようにジンギスカンで羊肉に触れ、自然とそれに慣れ親しみ、そして一生それを愛し続けます。言うなれば、幼馴染と自然に恋に落ち、そのまま一生を仲睦まじく添い遂げるようなもの。しかし道民以外の多くの人々にとって、羊肉との出会いとはそういうものではありません。

 アーサー・C・クラークの傑作SF小説『幼年期の終り』では、地球の主要都市上空にある日突然、巨大UFOが現れます。(道民以外の)人々の羊肉との出会いも、概ねそのようなものです。多くの人々が、大人になってから、家庭ではなくどこかの飲食店で唐突にそれに出会います。

 余談のようで余談でもない話なのですが、〔ラム・ストーリーは突然に〕という店名のジンギスカン専門店を見かけたことがあります。もちろん小田おだ和正かずまさ氏の名曲『ラブ・ストーリーは突然に』のもじりであり、店頭ではこの曲がエンドレスで流されています。悪ふざけもここまで徹底されれば逆に好感度が上がるというもの。少なくとも僕は決して嫌いではありません。何しろ、我々のラム・ストーリーも、ある時突然始まります。その出会いが幸せなものであったなら、人はそこから「羊肉期」に突入します。


 僕にとっての最初の本格的な羊肉との出会いは、とあるインド料理店のマトンカレーでした。まだ20代の頃です。本場からやって来たと思しき人々がカレーやナンを出してくれるその種の店に行くようになって、数回目で僕はマトンカレーを注文しました。当時も今も、そういった店の一番人気はバターチキンカレーですが、残念ながら僕はそれをあまり好きになれませんでした。それもあって、ある時、意を決してマトンカレーにしてみたのです。

 子供の頃から読みふけっていた昭和の食エッセイには、「日本人はあまり食べたがらないが、羊肉はたいそううまいものである」というようなことがよく書かれていました。「世界で最も好まれているのは牛肉でも豚肉でもなく羊肉なのではないか」とまで書かれていたものもあったと記憶します。だから、羊肉には興味津々でした。しかし同時に「羊肉は臭くってとても食えたもんじゃない」といった記述も度々目にしていました。なので少し警戒してもいました。

 結論だけ言えば、その時食べたマトンカレーは、極めて満足のいくものでした。少なくともバターチキンカレーとは違い、今後もぜひ食べ続けたいカレーとなったのは間違いありません。いやむしろ、インド料理店とはマトンカレーを食べに行くところ、と自分の中で再定義されたと言ってもいいでしょう。

 インド料理愛好家の中のかなりの割合が、こうやって、「羊肉期」に突入した過去を持っているのではないでしょうか。さらに、インドカレーへの偏愛を自覚した人は決まって、よりビシバシとスパイスの利いたカレーを求めるようになります。辛さも、自分の耐性ギリギリまで攻めたものを欲しはじめます。言うなれば、「ビシバシ期」に突入するのです。マトンカレーというのは大抵の場合、その店のカレーのラインナップの中で、最もビシバシしているものです。「羊肉期」と「ビシバシ期」に同時に突入した民にとって、マトンカレーはある種特別な存在となり、それは僕にとってもそうだったということです。

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