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イナダシュンスケ|味の素ラプソディ

WEB別冊文藝春秋

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第10回 味の素ラプソディ


 「味の素」の話をしようとしています。よく見ると実に秀逸なネーミングですね。この調味料が目指すところをズバリ言い切って、なおかつ抜群に親しみやすい。字面も洒落しやれてる。ただ、味の素は固有の商品名なので、この種の調味料全般を指すのには不適切とされています。それで一時期は「化学調味料」あるいは略して「化調」という呼び名も普及しましたが、これは語感的にマイナスイメージが強いということで、「うま味調味料」と言い換えることが推奨されるようになりました。なんだかまだるっこしい呼び名ですね。「味の素」からはずいぶん遠いところに来てしまいました。
 というわけで、ここでは「MSG」という英語を勝手に採用して話を進めようと思います。うま味調味料なんて贅沢な名だね、今からお前の名前はMSGだよ……というわけでもないのですが、これが一番ニュートラルで簡潔かなと思いまして。
 MSGはモノソディウム・グルタメイトの略。グルタミン酸ナトリウムのことです。厳密に言うと、うま味調味料にはグルタミン酸以外の成分も一部含むものもあるのですが、そこまで厳密な話を始めるとなかなか本題に進めないので端折ります。いいかい、わかったら返事するんだ。

 僕が料理にハマり始めた1990年代は、味の素、じゃなかったMSGへの忌避感が最も強まった時代だったと思います。「身体に悪いのではないか」という迷信が昭和から引き継がれただけでなく、そこには某大ヒットグルメ漫画の影響もありました。そこにおいて、それはゴマカシの調味料であり、味覚破壊を引き起こし、果てはそれを少量でも口にすると、頭が痛くなったり喉がイガイガしたりする「不自然な」調味料である。それがその漫画における、今考えると絶妙にフィクショナルな「設定」でした。
 絶妙すぎたので、多くの人がそれを真に受けました。はい、僕もその中のひとりです。むしろバリバリの信者だったと言っても過言ではありません。身体に悪いというのは迷信である、ということはさすがにすぐに気付きましたが、そのことを別にしても、それは充分に悪い物でした。
 この考えは、その後プロの和食料理人になってからも相変わらずでした。お店の料理には、MSGは基本的に使いませんでした。それが添加された調味料や食材も慎重に避けました。(「基本的に」ということは、つまり全く使わなかったわけではないのですが、その話はまた後ほど。)
 ただそうは言っても、お客さんウケが良いのはやはり「うま味の強い料理」です。MSGは使わない代わりに、毎日引く出汁は徐々に濃くなっていき、それに合わせて味付けも濃くなり、更にはナンプラーや硬質チーズや中華の醬なども駆使して、ガツンとインパクトのある料理を作るようになっていきます。

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