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ピアニスト・藤田真央エッセイ #44〈トラブルつづきの旅――アメリカ・クリーブランドへ〉

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 ソロ、協奏曲、室内楽と多岐に亘る様々な作品の中で、一際異質だと思うのは協奏曲というジャンルだ。なぜならリサイタルにおいては自ら取り上げたい作品を選択出来るが、協奏曲は基本、オーケストラ側からの要望で演目が決定されるからだ。稀に私に選択が委ねられる場合もあるが、マニアックな作品は敬遠されがちだし、演奏時間や前後のプログラムとの調整で却下されることもしばしば(例えばラヴェル《ピアノ協奏曲 ト長調》なら演奏時間は25分、対してブラームス《ピアノ協奏曲 第1番》は50分程かかる)。
 それゆえ協奏曲のレパートリーに偏りが生じてくるのは仕方がない。人々が望む有名な作品にばかりスポットライトが当たり、私が弾いてみたいと渇望する楽曲の演奏機会が回ってくるか否かは、ただただ運頼み。そんな訳で、私はラフマニノフ《ピアノ協奏曲 第3番》をこれまでに25回演奏したことがあるが、ジョリヴェの「赤道コンチェルト」を披露したのはたったの一度きりだ。
 無論、有名な作品を弾くことを毛嫌いしているわけではない。ただ、この先50年音楽家として歩むうえで、再演を重ねることによる、新鮮さの欠如という落とし穴を懸念してしまう。何度も弾いたことのある作品に取り組むときほど、まるで初めてこの作品と対峙するかのような真っさらな意識が必要だ。
 このことはアメリカ・クリーブランドで演奏したピアノ協奏曲の王道、チャイコフスキー《ピアノ協奏曲 第1番》でも痛感した。

 2023年8月17日、私はベルリンからNY経由でクリーブランドへ向かった。しかしベルリン―NY便が遅延しており、ベルリンで飛行機に乗り込むことができたのは予定を1時間過ぎた頃だった。乗り継ぎの時間が迫っているため、NYに到着したら一刻も早く次の便のゲートへ向かいたい。しかしアメリカ旅行の経験のある方はお分かりだと思うが、NYへ降り立った我々を待ち構えているのは入国審査の長蛇の列だ。1組1組、長く注意深く審査され、列は円滑には進んでくれない。ディズニーランドさながらの長大な待ち時間が表示されているモニターを横目に、私も気を揉みながら30分間並んだ。
 やっとのことでカウンターの前に辿り着き、遂に私の番がきた。しかしなんということだろう、整備係員は私を無視して他の乗客を誘導したのだ。何かの冗談だろうか、突然の不条理に戸惑いを隠せない私。慌てて「次は私の番です」と伝えると、「君は並ぶべき場所に並んでいないから、入国審査に進むのは許されない」と一蹴された。だがもちろん、私がうっかり並ぶ場所を間違えていたわけではない。不憫に思った後ろの男性が私を先に通すよう声をかけてくれたが、残念ながら係員の気を変えることはできなかった。考えられる要因は――私がアジア人だからだろうか。
 海外で理不尽な目に遭った時、私の脳内はこのような結論に帰着するようになっていた。そんな時に思い返すのは、先日ラ・ロック=ダンテロンで出会った写真家・小野裕次さんの言葉だ。フランスでの暮らしで差別や偏見を味わった経験はあるかと尋ねる私に、彼はもちろんあると答えた。続けてきっぱりと「私は現地の方々から求められてフランスに来た訳ではない。望んでここに住んでいるのだから、そんな些細なことは気にしない」と言ってのけたのだ。海外に移り住んで初めて「外国人」になり、そして「アジア人」になってから、環境の全てが私に微笑んでくれるわけではないと知った。しかしこれは自分が望んだ移住。小野さんの金言を思い出しては、グッと堪えている。

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