イナダシュンスケ|とんかつ武士道〈後篇〉
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第25回
とんかつ武士道〈後篇〉
さて、僕は六騎のとんかつのうちの半分を、塩とカラシのみで仕留めました。これは言うなれば忍びの兵法です。くない一本でここまで戦ってきました。初手から本丸のど真ん中に忍び込み、大将であるL3の寝首を搔き、物音を聞いて駆けつけた足軽L1を難なく仕留め、L3を師と慕う若侍L2もあっさりと倒してしまいました。ここまでは闇討ちでした。しかしここからは少し趣が変わります。燦々と陽の光に照らされる、白米の大地がここからの主戦場です。そこではおそらく、いかにも武士らしい戦いが繰り広げられるはずです。世に名高い伊賀忍者の頭である服部半蔵も、「伊賀者とて武士である」と言い切っていたではありませんか。
さて後半戦。先ず相対するのはL4です。L4は、L3に勝るとも劣らない実力の持ち主です。脂の層はいよいよ厚くなり、僕はそこを高く評価しています。前篇で、とんかつ職人が最も精魂傾けるのは「L3とL4の境目」である、と書きました。そういう意味では、L3とL4の実力は伯仲しているとも言えます。ただし豚ロース肉のそもそもの形状上、全体の長さはL3にやや劣ります。もちろん微妙な差ではありますが、そこはわきまえて主役を譲るのがL4の謙虚さ。いぶし銀の名脇役です。なんとなくですが、頰には刀疵がありそうです。
ここからようやくソースの登場です。ソースをちょっぴりだけかけます。カラシも控えめになすりつけます。その上半分、つまり脂身の層がある部分を齧り取り、そしてすかさずキャベツを後追いで口中に放り込みます。開戦と同時にソースを垂らしておいたキャベツは、この時既にソースの塩気でしんなりし始めており、それが違和感なく肉と馴染むわけです。ある意味これは、最高に贅沢な「肉サラダ」であるとも言えます。
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