有栖川有栖×一穂ミチ《ライブレポート #01》――「火村シリーズ」大解剖!
◆有栖川作品との出会い
一穂 本日は有栖川さんのご自宅にお邪魔しております。編集部ともども、テンションが上がっております(笑)。
私が初めて有栖川先生の作品と出会ったのは、20代の半ばくらいだったでしょうか。ミステリー自体は高校生の頃から読むようになっていたのですが、有栖川さんの作品は点数も多く、どこから分け入ればいいのか躊躇していたんです。
でもあるとき、火村シリーズの第1作『46番目の密室』を手に取りましたら、そこからは沼でございます。沼というのは、言い替えれば「パラダイス」。バラ色の日々でした。
有栖川 30年もシリーズを書いていますと、どれから読んでいいかわからない、というお声はよくいただきます。その問題だけは、どう解決していいか私にもわからない(笑)。
一穂 名探偵でも解決できませんね(笑)。個人的には、火村シリーズの1冊目としてはやはり『46番目の密室』をお勧めします。そのあとは、タイトルが気になる作品からでも、みなさんのお好みで大丈夫です。このシリーズは、「サザエさんのような時空」にありますので。
有栖川 主人公たちが歳を取りませんからね。ところで一穂さん……そのお姿は?
一穂 今日は最新作についてたっぷりお訊きしたいと気合を入れまして、「捜査線上」というキーワードにちなみ『西部警察』をイメージした格好で来ました。
(大門圭介刑事を意識したティアドロップの大型サングラスをつけたまま、カメラへと体を向ける一穂さん)
有栖川 あっ、いいんですか、カメラのほうを向いてしまって(笑)。お顔を出さないはずでは。
一穂 ええ、このくらいは大丈夫です。ちなみに職務質問はされていません。
有栖川 ふふふ。
一穂 それにしても今作、カバーからして素晴らしいですよね。
有栖川 いかにも夕焼けです、というオレンジではない、絶妙な色使いがいいですよね。
一穂 ちょっと不穏な感じも漂っています。今日観てくださっている方は、本作をすでにお読みになっている方のほうが多いとは思いますが、トーク中に根幹にかかわるネタバレは致しません。犯人の名前なども申し上げません。
有栖川 私が言ってしまいそうで怖いです(笑)。
◆小説を読むという「旅」について
一穂 帯には「圧倒的にエモーショナルな本格ミステリ」とあります。小説内には、捜査のために火村とアリスが瀬戸内海を訪れるというくだりもあって、最後まで読み通すと、帯の言葉の意味がひしひしと伝わってくるんです。読み終えた時に、まるで、ふたりと一緒に長い旅を終えたような気持ちになって、なんとも寂しい気持ちになってしまい、もう一度、最初から読み直して――。
そうすると冒頭の「旅に出ることにした。独りで。」というアリスの言葉がものすごく沁みるんです。
このときのアリスは、まだ真実を知らない。読了者にはさらに、事件の真相にかかわるある人物の心情に重ねて、胸にぐっとくるものがあります。人を殺めて刑務所に入ることは、「たった独りの旅」でもあるわけです。
この書き出しは、最初から決めていらっしゃったのでしょうか。
有栖川 始まりがあって、終わりがあるもの、すべてが旅だとも言えます。人間の命や人生そのものも、旅のようなものではないでしょうか。
ましてや小説を読むという行為は、物語の結末という目的地に向かって旅に出ることにほかならない。小説を読み、いろんなことを経験して、ページを閉じると日常の自分に戻ってくる。
作中の人物や、事件の関係者にとっての「ある時期」から「ここまで」を、旅のごとくたどる――そんなことが立ち上がってくる物語になるだろうな、という予感はありました。
◆コロナ禍の現代を描く
有栖川 同時に今回は、コロナ禍の現代をそのまま描くつもりでした。私は旅行が好きなので、それを我慢することが一番しんどいと感じていて、だからこそ作中人物には旅をさせてあげたいな、と考えていました。
一穂 作中でアリスが火村と旅に出る場面では、「隠しきれない嬉しさ」が出てしまっていますね。
有栖川 ええ(笑)。
一穂 アリスが火村先生に「新幹線に乗っただけで、子供みたいにうれしがってるんじゃないのか?」と突っ込まれるシーンが印象的でした。
有栖川 旅がしたい、という気持ちを我慢していたから、アリスは「座席でペットボトルのお茶を飲むのも楽しい」と。もう一つは、この旅は読者に対する「語りかけ」でもあります。今回の事件は、マンションの一室で殺人事件が起きて、防犯カメラを検証しても犯人はわからない、というもの。「いったいこの事件はどうなっているんだ?」という閉塞感が出てきたところで、ここから何かが起こりますよ、というスイッチとして旅が始まる。
一穂 解けそうで解けない謎があり、モヤッとするなかで、まさに、スカッとする場面転換でした。
さらに、読者にとっては、コロナが落ち着いたら「聖地巡礼」がしやすい親切設計の小説にもなっています。
有栖川 ははは(笑)。しやすいかどうかは、その方が住んでいる場所にもよると思うんですけどね。でも、取材に行ってみて、すごく良いところでしたから、小説に書くことでみなさんにも訪ねてほしい、という気持ちも確かにありました。
◆タイトルに込めた思い
一穂 今作は、タイトルも強いですよね。
有栖川 『別冊文藝春秋』で連載を始める前に、タイトルを決めました。『捜査線上の夕映え』としたのは、今作では「警察の捜査」をみっちり描こうと思ったからです。「捜査線上」という堅苦しい言葉と、叙情的な言葉を組み合わせたい、と考えていました。瀬戸内の夕景は昔から大好きで、そこを舞台にするにあたって夕焼けをどう表現するか。「残照」はちょっと違うな、では「夕映え」はどうだろう、と。それが決まって、このタイトルが喚起するものに向かってまっすぐに書いていったんです。
一穂 読み終えた後に、とても腑に落ちるタイトルでした。
有栖川 読み終えて本を閉じたときに、表紙にタイトルが書いてある。そこで、納得してもらえるといいなといつも思っているんです。
一穂 「捜査線上」という警察用語が配置されていたこともあり、内容も、従来の火村シリーズとは少し違った味つけだと感じました。警察官たちから見た火村とアリス、ふたりの人物造形も細やかに描かれていましたし。あと、警察の人は案外、アリスをあてにしているんだな、と。
有栖川 あてにしているんですかね(笑)。
一穂 思ってもみない角度からボールが飛んでくることで、捜査のプロフェッショナルたちも思考をリフレッシュでき、新しい発見につながっているんですよ。
有栖川 アリスには、ミステリーの読者に対して、「今ここがわからなくて困っています」「こっちへ行こうとしたら壁があるみたいです」と伝えるガイド役の側面もあります。
一方で私の描く警察は、リアルというよりは、「理想」を託しているところもあるんです。
一穂 リアルと言えば、防犯カメラの映像を提供してもらう手続きのくだりを非常に細かく解説していらっしゃいました。私は、「警察が出せっていうんだから、すぐに出すんだろう」という認識だったんですが、きちんとした手続きを踏んで、証拠映像を見せてもらっているんだな、と。
有栖川 本格ミステリーにおいては、警察も犯人も紳士でないとだめなんです(笑)。
一穂 どうしてでしょうか。
有栖川 紳士淑女じゃないと、犯人が最後にギブアップする場面が美しくならないでしょう。「ロジックで考えるとあなたしかいない」と指摘されたときに、犯人には「まいりました」と降参してもらわないと困る(笑)。そこも含めてファンタジーですから。ロジックを体現するためには、作中人物が紳士的でないといけない。
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