有栖川有栖×一穂ミチ《ライブレポート #02》――「一穂ワールド」の謎を解く
◆一穂ワールドの「謎」
有栖川 一穂さんのお話を待っていた方も多いと思います。「さっさとやらんかい!」という声が聞こえてきそうです(笑)。
一穂 いえいえ、とんでもございません。
有栖川 私の場合は、前半でありました、一穂さんの手を摑んできた編集者……もう実名でいいですよね? 講談社の小泉さんが私の担当もしてくださっていたおかげで「一穂さんの小説を読むきっかけ」をもらえたんです。
後に『スモールワールズ』に収録されることになる短篇「ピクニック」が、日本推理作家協会賞・短編部門の候補になったことを教えてもらって、一穂さんはミステリーもお書きになるんだ! と驚きながら読みました。そして「これはうまいわ」と。読者の感情の動かし方が見事でした。いろいろ作り込んで小説を書く方なんだろうと思っていたら、それだけではない。他の短篇も読んでみて、どうしてこんなに変幻自在なんだろう、と慄きました。
一穂 ……。(無言でフリーズする一穂さん)
有栖川 『スモールワールズ』でいうと、第1話「ネオンテトラ」はとりわけ作り込まれた作品ですよね。ミステリーファンなら、なるほどこう来たか、と感じるであろう短篇。ところが、2話目の「魔王の帰還」はひたすら面白くて。小説を読む前と後で、周りの世界の見え方が違ってくるような、すごく豊かな作品でした。
これは、編集者からしたら作ったことに誇りを持てる本だろうな、と思っていましたら、次作『パラソルでパラシュート』(講談社)は、大阪が舞台の、芸人さんが出てくるお話で。私はずっと大阪に住んでいますから、芸人小説というとつい「ええ、やることは分かっていますよ」と思ったりもするのですが。
一穂 すごく分かります。
有栖川 ところが! とにかく笑わせてくれました。声を出して笑いましたよ。人物の描き方においても、厚み、深みが全然違う。ますます人気が出そうだと思ったら、『砂嵐に星屑』(幻冬舎)では、テレビ局が舞台になって、いろんな世代の人が抱えている、人生のある時期に直面するドラマがシリアスに描かれている。
帯に「世代も性別もバラバラな4人を驚愕の解像度で描く」とありまして、とても腑に落ちました。一穂さんの作品の解像度は、まるでハイビジョンなんですよ。その言い方も古いか、今はなんて言うたらいいのかな(笑)。私とは世代も性別も違う人たちの悩みが、ぐんぐん迫ってきました。もう一つは、「エピソードが噓っぽくない」。読んでいてシラケてしまうことがない。噓っぽい濁りがなく、高い解像度で描かれている。これが一穂さんの武器だと分かってきたところに、「WEB別冊文藝春秋」で連載中の長篇『光のとこにいてね』を読んで。これははっきりタイプが違う、すごい作品です。
一穂 ええ、あの……はい、ありがとうございます!
有栖川 うらぶれた団地で出会った結珠と果遠。このふたりの少女の行く末がどうなるか。息をつめながら追っています。
一穂 担当編集者も非常にスリリングな想いをしていると思います。どうなるかわからなすぎて。
有栖川 この作品の解像度もただごとではない。私、一穂さんの小説を読んで、連想した作家がいるんです。トマス・H・クックです。
一穂 名前は知っていますが、まだ読んだことがない方ですね。
有栖川 『緋色の記憶』(文春文庫)や、早川書房からも本が出ていますね。推理ものですが、「主人公はどうなるんだろう」と思いながら、息をつめるように読んでしまう作品で、「雪崩を精緻なスローモーションで再現するような」と評される作家です。一穂さんの小説を読んでいて、そんな風に感じました。
一穂 いやもう、サングラスの下で、目が「ぴえん」になっております。そんなことないです、と言いたい気持ちと、私の神様・有栖川さんの言葉を否定してしまうことになる、という気持ちがせめぎ合ってます。
有栖川さんが、『捜査線上の夕映え』のあとがきで、こう綴られていましたよね。
私もまさにそういう感覚で書いていて。設定だけ決めたらあとはもう勝手に……だから、登場人物が予想と違う行動を取り始めると、ああ、物語が自分になじんできたのかなと、ホッとします。
でも、それでいいのかなと不安に思うところもあったので、このあとがきを読んですごく嬉しかったんです、有栖川先生もそうなんだって。
有栖川 トリックや謎解きはある程度決めておくことも多いですが、登場人物はしゃべらせてみないと分からないですよね。一穂さん、ミステリーの技法はどこまで意識的に使っていますか?
一穂 ミステリーという意識はあまりないのですが、「どんな人にも秘密や噓がある」という前提だけは根本にある……気がします。そこに触れたり、触れなかったり、というのが毎回の話の核になっていると思います。
有栖川 本格ミステリーは謎を解きますが、もっと広義では、秘密が露見していく、暴かれる、という過程こそがミステリーです。ミステリーを書くぞとことさら意識していなくても、秘密の扱い方とか、そこに生じるドラマとか、一穂さんはすでにミステリーと同じような技巧を自在に使っておられるんですよね。
一穂 ……そう、なんですかね?
有栖川 なんだか急に言葉少なに(笑)。
一穂 すいません。自分のことになるとどうしても……。
有栖川 ははは。そうなりますよね。
◆どしどしお答えします!
――さて、本日のライブトークにあたり、みなさまからいろんな質問をいただいきました。ここからは、そちらにお答えいただけましたらと思います。
①リアルな人物の書き方
一穂さんの小説には、自分のすぐ隣にいるような、とてもリアルな人々が出てきます。すべて実在の人や実体験というわけではないはずですし、どのように書かれているのでしょうか?
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