イナダシュンスケ|続・牧歌的うどん店 かき氷・おばあちゃん・パンクス
第17回
続・牧歌的うどん店
かき氷・おばあちゃん・パンクス
時給1000円に釣られて、とある神社の境内にあるうどん屋さんで働き始めた僕でしたが、そこは仕事も楽で、まかないはおいしく、店の人たちも優しく、天国のようなバイト先でした。
その店は、店の外に緋毛氈の敷かれた縁台もあり、茶店も兼ねていました。そこでは、冬はお汁粉、夏はかき氷が供されました。そしてその仕込みだけは、一貫しておばあちゃんの担当でした。
かき氷は、イチゴやメロン、抹茶など一通りのメニューを揃えていましたが、おばあちゃんの一押しは「すい」でした。すい、という言葉はその時初めて知ったのですが、無色透明のみつをかけたかき氷です。漢字で書いたら「水」になるのでしょうか。
のちに知ったのですが、「すい」というのは東京を中心に使われる言葉のようです。関西では「みぞれ」が主なようで、その店でなぜそれが「すい」だったのかは分かりません。でも僕はとりあえず、その「すい」という呼び名に、とても清廉な印象を受けて、それがおすすめというのは何だかこの店にぴったりだな、と思っていました。
「すい」がおすすめだった理由は、色とりどりのかき氷のみつの中で、それだけが手作りだったからです。正確に言うと抹茶のみつもこの「すい」に抹茶を溶いたもので、これが二番目におすすめとのことでした。
僕がその店でアルバイトを始めて最初の夏、かき氷を始めたその日に、早速、すいをご馳走になりました。色のついていないかき氷を食べること自体が、たぶん生まれて初めてだったと思いますが、そのおいしさに思わず「おお」と声が漏れてしまいました。おばあちゃん曰く「ただの砂糖水」とのことで、確かにそれは砂糖の味そのものだったのですが、なぜかコクのようなものも清涼感もあって、梅雨が明け切らないジメジメとした中で食べるそれは最高でした。
「ただの砂糖水」というおばあちゃんをフォローするように、おかみさんがそこに説明を付け加えてくれました。
「砂糖をな、2種類ブレンドしはるねん。その割合と、煮詰め加減が難しくて、この味はおばあちゃんじゃないと出されへん」
そして実際に、その2種類の砂糖を見せてくれました。それを見て、僕は少しだけ拍子抜けしました。なぜならばその2種類は、どこのスーパーでも見かける「スプーン印グラニュ糖」と「スプーン印上白糖」だったからです。しかしおかみさんはさらに説明を付け加えてくれました。グラニュー糖はさっぱりしていてかき氷にはぴったりだけど、それだけではコクが足らないから上白糖も足すし、最初薄めに作ってから少し煮詰めていくと風味が出てくるのだ、と。
そこまで聞いて僕は、拍子抜けした自分の浅はかさを恥じました。素材自慢やこだわり自慢といった、せせこましい俗世間の飲食店の風潮に、すっかり毒されている自分に気づいたのです。そしてそれはやっぱりこの店らしいや、と思いました。一見何でもないものにも研ぎ澄まされたおいしさがあり、そしてそれをことさらお客さんにアピールすることもしない、その飄々とした清廉さは、むしろこの「すい」にこそ詰まっている、そう思いました。
「#別冊文藝春秋」まで、作品の感想・ご質問をお待ちしております!