『アレックス・ダ・コルテ 新鮮な地獄』展――映像の“厚さ”とポップな地獄|透明ランナー
来たぞ金沢!
今回のお目当ては金沢21世紀美術館で開催されている『アレックス・ダ・コルテ 新鮮な地獄』展(2023年9月18日(月・祝)まで)。ダ・コルテは1980年生まれ、フィラデルフィアを拠点とするアーティストです。2019年のヴェネツィア・ビエンナーレで脚光を浴び[1]、2021年にはコロナ禍のメトロポリタン美術館の屋上に巨大な作品を出現させて話題になりました。本展がアジアで初めての個展となります。
ダ・コルテは絵画や立体、インスタレーションも手掛けますが、本展でフィーチャーされるのは映像作品です。そこで描かれるのはサブタイトルどおり“地獄”、米国のポップカルチャーを材料にして鍋で煮込んだ地獄です。ダ・コルテが見せてくれるキッチュでポップな地獄を体感してみましょう。(クレジットのない会場写真は透明ランナー撮影)
ポップな地獄
映像作品が多い美術展って難しいですよね。時間配分に悩みますし、どのタイミングで次の部屋に移ればいいかよく分かりません。金沢21世紀美術館では展示室に番号が振られており、本展では7から14(13を除く)を順に回るのですが、最初にいきなり展示室11に行くのがおすすめです。そこにある作品は「ゴム製鉛筆の悪魔」(2019、2時間39分21秒を4分割)。展示室の中には4つのカラフルで巨大な箱があり、それぞれ1面に映像が映し出されています。
上の写真の右側に映っているのはハインツのケチャップです。明らかにアンディ・ウォーホルですね。ウォーホルがポップ・アートに借用したイメージをさらに借用しています。
この左側に映っている男は「ミスター・ロジャース」。1968年から2001年まで続いた米国の人気子供番組の登場人物です。ダ・コルテ自身がミスター・ロジャースになりきって大げさな身振り手振りをしています。
断片的にさまざまなイメージが出現します。ストーリーが相互に繋がっているわけではありません。誇張しすぎた「ザ・シンプソンズ」のような、どこかで見たことのあるキャラクターが唐突に流れてきます。
私は金沢を訪れる機会が2度あったのですが、2度目はこの「ゴム製鉛筆の悪魔」に絞って4時間ずっと観ていました。本展のコアでありダ・コルテの作家性の核心と言うべき作品だと思います。
「ゴム製鉛筆の悪魔」は全57章からなり、子供向け番組、大衆映画、ホラー、消費社会などのアイコンを縦横無尽に引用しています。登場するキャラクターのほとんどはダ・コルテが特殊メイクで演じます。2019年は米国民の排外的な暴力性が顕著になった時期でしたが、米国を意味付けるすべての表徴を映像に押し込めてやろうという異様な熱気が感じられます。
最初の部屋・展示室7の「ROY G BIV」(2022)は、2022年のホイットニー・ビエンナーレでお披露目された新作です。地元フィラデルフィア美術館のコンスタンティン・ブランクーシの部屋を再現し、彫刻が突然歌いだしたりするラブリーな映像作品です。タイトルは虹の7色の頭文字です。
最後の部屋・展示室14にあるのが「マウス・ミュージアム(ヴァン・ゴッホの耳)」(2022)です。ゴッホの左耳の形をした黒い構造物の中に8人ずつ入って鑑賞します。内部は撮影できないのですが、ダ・コルテが小さい頃から集めたおもちゃ、金具、LEDライト、人形、プラスチック製カップといったキッチュな物体が所狭しと並べられています。
これは完全に巨匠クレス・オルデンバーグの「マウス・ミュージアム」(1972)のアプロプリエーションです。アートが借用した米国社会のイメージをさらに借用することで、古くて新しい米国の「ポップ」を現代に蘇らせているのです。
映像の“厚さ”
本展のメインは映像作品ですが、その展示形式には大きな特徴があります。それが「厚さ」です。
本展のポスターにもなっている展示室9の作品「開かれた窓」(2018)。米国の人気ホラー小説『フィアー・ストリート』シリーズを援用した作品です。音楽家のアニー・クラークが猫を抱いてポーズを取り、その画にオーバーラップするようにビリヤードの球が動き回っています。球に描かれているのは数字ではなくカラフルでランダムな模様です。
この作品はポスターのイメージだけでは実際の姿は分からず、現地で観なければ体感することができません。映像が「厚い」からです。
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