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#一穂ミチ

【直木賞ノミネート!】麻布競馬場『令和元年の人生ゲーム』第1話無料公開 ~意識の高い慶應ビジコンサークル篇~

〈タワマン文学〉の旗手・麻布競馬場待望の第2作『令和元年の人生ゲーム』。発売直後から「他人ごととは思えない!」と悲鳴のような反響が続々と…… 4月、やる気に満ちた新入生の皆さまの応援企画として、第1話〈意識の高い慶應ビジコンサークル篇〉を期間限定で全文無料公開いたします! これを読めば5月病も怖くない……はずです。 『令和元年の人生ゲーム』 第1話 平成28年  2016年の春。徳島の公立高校を卒業し、上京して慶応義塾大学商学部に通い始めた僕は、ビジコン運営サークル「イ

一穂ミチ「アフター・ユー」#006

『もしもし』  多実の声だった。すこし掠れているが、間違いない。青吾は、自分でも意外なほど平静だった。 『あ、スガワラさんですか? 調査報告書ありがとうございます。きょう受け取りました。すみません、無理言って郵送していただきまして……』 「多実」  ざ、さ、と砂を踏みしめるようなノイズが混じる。呼びかけに対する応えはなかった。 『はい、だいぶよくなりました。残りのお金はあした振り込みますので、よろしくお願いいたします』  通話が切られ、テレカが吐き出される。「42」に減った度

一穂ミチ「アフター・ユー」#005

 涙の筋で、頰の一部分だけ突っ張る感じがした。先に口を開いたのは沙都子だった。 「とりあえず、上がってください。お茶でも淹れます」 「はい」  子どものように答え、洗面所で手を洗うついでに顔も洗った。鏡を見ると涙は止まっていたが、充血した眼球がまだ全体的に潤んでいる。頭全体が妙に腫れぼったい感じで鈍く痛み、明瞭な思考ができそうにない。ダイニングでは、沙都子が何事もなかったような顔で湯を沸かしていた。 「ハーブティでいいですか?」 「はい」  何を考えているのかわからなくて怖い

一穂ミチ「アフター・ユー」#004

 夢か、それとも、俺の頭がどないかなってしもたんやろか。夢やとしたら、どっからや。 『青さん?』  受話器の向こうからは、確かに多実の声がする。ありえない。 『どうしたの? 何かあった?』 「多実」  そろりと口にした。通話相手が多実であると認めてしまった瞬間に、夢から覚めるとか、電話ボックスが消え失せて受話器を握ったままのポーズで青吾だけが間抜けに取り残されてしまうとか、何かが起こるのではないかと思いながら。 『うん?』  いつもと、今は戻れなくなった「いつも」と変わらない

一穂ミチ「アフター・ユー」#003

 羽田空港の待ち合わせ場所で沙都子を見つけた瞬間、何より先に「一緒に歩きたくない」と思った。 「太陽の塔」という金色のモニュメントの下にいた彼女のいでたちは、白いつば広の帽子、大きなサングラスにふくらはぎと足首の中間くらいまでの丈の白いワンピース、華奢なストラップのサンダルも白。キャリーバッグを家来のように従え、クリーム色のカーディガンを肩に羽織った姿はどこぞの女優がバカンスにでも出かけるところかと思うほどさまになっていて、だからこそこっちはいたたまれない。エーゲ海とかに行く

【全文無料公開】一穂ミチ「アフター・ユー」#002

『もしもし? 大丈夫ですか?』  大丈夫って、この上なく漠然とした言葉だと思った。気遣いっぽく聞こえるだけで、中身は空っぽだ。何について訊いとんねん。この状況で大丈夫なわけがあるとでも思うんか。「大丈夫じゃありません」って言うたら、何かしてくれるんか。いちゃもんのような問いを溜め込んだまま、青吾は「はい」と答えた。 『中園多実さんという女性が、三日前に長崎県の五島列島で転覆した小型船に乗っていたかもしれません』 「え、あの、すいません、」  舌が前歯の裏に貼りついてうまく発音

一穂ミチが描く「愛」のかたち――〈はじまりのことば〉

 二年半ぶりに「はじまりのことば」を書くことになった。前作(『光のとこにいてね』)のスタート時には、おうち時間を言い訳に怠惰な動画視聴ライフを送り、肝心の小説がまったく捗らないという駄目っぷりを披露した。今現在のわたしは、おうち時間の期間などとうに明けたというのに、YouTubeプレミアムに加入し動画視聴が捗りまくっている。まるで成長していない……(by安西先生)どころの話ではない。バキ童チャンネルで人生が溶けていく。  それでも「書かせてください」と言ったのは自分なので書か

【全文無料公開】直木賞受賞! 一穂ミチ 最新連載「アフター・ユー」#001

『ツミデミック』で第171回直木賞を受賞した一穂ミチさんの最新連載「アフター・ユー」。受賞を記念し #001 #002 を全文無料公開致します。  愛を問う、大人のための恋愛小説です――。  青吾が帰った時、家の中は真っ暗だった。あいつ、きょう遅番やったっけ。電気をつけ、冷蔵庫の扉に貼ってあるカレンダーで多実のシフトを確認すると『旅行』と書いてあった。そうだ、きのうの朝早くから一泊旅行に出掛けていたんだった。「お土産、楽しみにしてて」と言い残していたから、何か買ってきてく

志村貴子先生が描く結珠と果遠――『光のとこにいてね』応援イラスト

 第168回直木賞候補、「キノベス!2023」第2位、2023年本屋大賞ノミネート! 一穂ミチ・著『光のとこにいてね』が話題です。  そんな本作を読んで、マンガ家・志村貴子さんが嬉しいメッセージ&イラストを寄せてくださいました。  主人公のふたり、結珠(左)と果遠(右)です!

川上弘美×一穂ミチ「ふたり」を描くときに宿るもの――『光のとこにいてね』刊行記念対談

◆唯一無二の関係性に惹かれる川上 『光のとこにいてね』、一日で読んじゃいました。「作者の方と対談するんだ」という気持ちでじっくり読もうと思っていたのに、二人がそれぞれどうなっていくのかが気になって、「どうなるの、これは……! 次、どうなるの?」と、じっくり文章を味わう間もなく、読みふけっちゃいました。  物語のラストは最初からイメージされていたんですか? 一穂 ありがとうございます。いえ、イメージはまったく。実は、自分でもどうなるのかな、と思いながら書いていました……。そも

直木賞ノミネート! 『光のとこにいてね』はこうして生まれた―― 一穂ミチロングインタビュー

◆運命に抗う少女たち——『別冊文藝春秋』で連載されていた『光のとこにいてね』がついに単行本となりました。ある団地で偶然出会った二人の七歳の少女が交流を深めたものの、突如会えなくなり、やがて意外な再会を果たし……。連載開始の際のエッセイ「はじまりのことば」で、依頼がきた時はノープランだったけど、お友達と温泉に行って……というお話を書かれていましたね。 一穂 そうなんです。たまたま友達と温泉施設に行って。そこでのんびり過ごしているうちに、こういうところに同性の恋人同士で来たら楽

発売目前! 一穂ミチ最新作『光のとこにいてね』第一章 先行無料公開

 2021年からお届けしてきた一穂ミチさんの連載『光のとこにいてね』がついに書籍化! 2022年11月7日(月)に発売になります。  連載からさらに推敲を重ね、単行本に向けて磨かれた『光のとこにいてね』の第一章をまるまるお届けします!  小瀧結珠と校倉果遠、7歳の時に運命の出会いを果たしたふたりの出会いをお楽しみください。 第一章 羽のところ○  月曜はピアノ、火曜はスイミング、木曜日は書道と英会話、金曜日はバレエ。習いごとのない水曜日は家で宿題をしてから通信教育のテキス

【ある日の物語】一穂ミチ、最新長編『光のとこにいてね』の世界を知るスペシャル・ショートストーリー

 小瀧結珠と校倉果遠。 『光のとこにいてね』は、7歳の時に運命の出会いを果たした2人の、四半世紀にわたる物語を描いた物語です。  刊行に先立ち、その世界観をいち早く知ってもらうべく、一穂さんが特別な掌編を書き下ろして下さいました。  初めての出会いから8年後――。高校生になったある日、結珠と果遠に訪れた、ささやかだけれど、煌めくような一瞬をお楽しみください。 未満少女✿ 「結珠、見て見て」  四月の初め、体力測定の授業でのことだった。グラウンドの隅っこにしゃがんで他の人た

一穂ミチ・長篇最新刊『光のとこにいてね』カバー初公開

 2021年からお届けしてきた一穂ミチさんの連載『光のとこにいてね』がついに書籍化! 2022年11月7日(月)に発売になります。  人がひとを想う――。その美しさを最高純度に静謐、清冽な筆致で描き切った本作。その魅力を書籍という形で最大限に引き出してくれたのが、装丁家・大久保明子さんと、アーティスト・マツバラリエさんです。  大久保明子さんは、村上春樹さんの『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』や又吉直樹さんの『火花』、瀬尾まいこさんの『そして、バトンは渡された』な