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藤田真央×恩田陸「ピアノで、言葉で、世界を奏でる」スペシャル対談〈後篇〉

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藤田真央×恩田陸スペシャル対談〈前篇〉

藤田さん連載「指先から旅をする」




★新しい地平を開拓するのは、いつだって怖い

恩田 東京オペラシティで行われたリサイタルのアンコールも印象に残っています。ご自分で作曲された《パガニーニの主題による変奏曲》、ジャジーなアレンジでしたよね? 
 あれを聴いて、藤田さんはジャズも向いていらっしゃるんだろうなと思いました。

藤田 そうだ、恩田さんは学生時代にビッグバンドに入られていたんですよね。私はジャズは門外漢なのですが、最近は音楽祭なんかでジャズピアニストとの交流する機会に恵まれて、興味を持ち始めました。ヴェルビエ音楽祭では、アメリカのジャズピアニスト、ブラッド・メルドーの演奏を聴いたんです。

恩田 メルドーはクラシックへの造詣も深いジャズピアニストですよね。

藤田 そうなんです。ヴェルビエでは、シューマンの歌曲《詩人の恋 Op.48》の伴奏をされていたのですが、私にはとても新鮮な解釈で、心打たれました。ベルリンに戻ってキリル先生にメルドーと知り合ったという話をしたら「彼は世界最高のジャズピアニストだ」と言っていました。
 キリル先生はバークレー音楽院時代にジャズを専攻されていましたし、私の敬愛するプレトニョフもジャズのレパートリーが多い人ですから、私もジャズへの憧れはあるのですけれど。

藤田 恩田さんはミステリーからホラー、青春小説まで、様々なジャンルの小説を生み出されているじゃないですか。毎回作風を変えられるのは、意識してのことなんですか?

恩田 新作では必ず、ジャンルやテーマなど、何かしら初めてのことに取り組むと決めているんです。読者はシビアですからね。縮小再生産をしていたら、すぐに飽きられてしまう。だから常に最高記録を狙うような気持ちで、なるべくこれまで見たことのない景色にたどり着けたらと思っています。

藤田 クラシック音楽の世界でも、縮小再生産的な演奏ってあるんですよ。自分の得意な弾き方でこなしちゃったり、誰かの真似をしてみたり。でも私もなるべく毎回、どんな小さなことでもいいから新しい解釈の可能性を探したいし、ベストを尽くしたい。演奏会は一期一会のものですし、私の演奏をお届けできるのは、これが最初で最後の機会かもと思うと、とても手を抜けないですね。

恩田 だから日々目覚ましい進化を遂げることができるんですね。小説家稼業も同じですけど、続けていくためには進化し続けなきゃいけない。でも、それって怖いことですよね。
 私、いつもものすごく怖いんですよ、新しい作品に手をつけるのが。この歳になっても毎回恐怖心と闘っています。

藤田 すごくよくわかります。私もいっつも怖い。コンサート直後は達成感があっても、のちのち「あの解釈でよかったのか」と不安になることも多いです。

★コンクールは通過点に過ぎない

藤田 『蜜蜂と遠雷』をご執筆中、作品の舞台のモデルとなる浜松国際ピアノコンクールに何度も通われたとうかがいました。その中で、ピアノコンクールへの見方は変わりましたか?

恩田 浜松は魅力的なコンテスターが集まっているし、審査もフェアな感じがして、安心感のあるコンクールだと感じました。
 ただ、過酷な場であることはたしかですし、そもそもコンクールというシステムが矛盾した存在ではありますよね。それぞれに違った味わいを持つ才能を比べられるものか、と。

藤田 『蜜蜂と遠雷』では、演奏については一音一音ものすごく丹念に描写されているのに、コンクールの結果はさらっと記されていたのが印象に残っています。あれには驚きましたし、演奏家としては励まされる思いでした。  
 どうしても、大きなコンクールの順位ばかりフィーチャーされがちなので……。近年、コンクールがエンターテインメント化していると言いますか、肝心の演奏よりも、結果について注目が集まりがちなことに違和感を覚えるんです。

恩田 それは文学賞の選考に携わっていても感じることですね。コンクールも文学賞もあくまで、いろんな面白いプレーヤーがいることをみんなに知らしめる通過点であって、目的になってしまうと歪みが出てしまうのかもしれません。

藤田 通過点と言えば、チャイコフスキー国際コンクールで一番ありがたかったのは、世界中の音楽家たちと交流できたことでした。選考の過程でヴァイオリンやチェロ、声楽といった部門の入賞者とも自然と仲良くなりますし、そんな「同志」たちとのちのち共演する機会にも恵まれて。22年にはヴェルビエ音楽祭でマルク・ブシュコフ(ヴァイオリン)とズラトミール・ファン(チェロ)とトリオをやりましたし、今年の夏には同じくヴェルビエ音楽祭でマルクとベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲コンサートを行う予定です。

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