鈴木忠平『ビハインド・ゲーム』 はじまりのことば
なぜ、この人物を書こうと思ったのですか?
新刊を書くと、インタビュアーの人からこう質問していただく。その度、的確な表現の見つからない私は「翳があるから」だとか、「逆風を浴びているから」だとか口にしながら、なにか言い足りてないな……と感じてきた。先だってはついに、「言葉で表現できない人だからです」などと答えてしまった。書き手としてアリなのか? 帰り道に落ち込んだが、本当にそうとしか言えなかったのだから仕方がない。
言葉ではうまく説明できないが、感覚としては分かっている。例えば、我が住まいを置く田園都市線の東寄り、サザエさんの街に看板のない指圧治療院がある。厳密に言うと看板はあるにはあるが、小さくて、他店のものに埋もれているので、ないに等しい。駅前通りのスタバの斜め向かい、確かこのビルだよな……とスマホの地図を頼りに初めてドアを開けたときは不安しかなかった。
しかし、施術者のK先生に接したとき、「当たりだ」と直感した。超合金ロボットのようにガチガチになった私の身体を見た途端、先生が笑ったからだ。それは客である私に愛想よくしようという類のものではなく、映画に出てくるマッド・サイエンティストが稀有な被検体を前に興奮を抑えきれなくなり、思わず涎を垂らしてしまうような笑みだった。
ドクターKは不気味に微笑みながら、板金加工業者のように私の身体の歪みをガンガンと修復し、それから麵打ち職人のように筋肉をふにゃふにゃにしてみせた。そして指圧と掲げているにもかかわらず、木槌やすりこぎ棒のような見たこともない道具を持ち出してグリグリしたり、ゴリゴリしたりした。ここ指圧の店じゃないの? ベッドに横たわった私が怪訝な顔をすると「だって、この方がよくなると思うので」と、あの笑みを浮かべるのだった。
その施術は常連客のあいだでこう評されている。
「地獄経由、極楽行き」
ときには施術室で叫びが上がり、昨今流行りの癒し系とは対極にある。だが不思議なことに一度訪れた客は、ほとんどがまた閻魔さまとお釈迦さまを拝むべく、この妥協なき列車に乗り込む。猫背で肩こりでおまけに筆の遅い私も、月に一度この治療院の扉を開けることで、なんとか机に向かい続けることができている。
修羅場の時間帯を捌いている料理人が、あるいは身が細るような慌ただしさの中にいるビジネスマンが一瞬、ふっと笑う。没頭のなかで自分でも気付かないうちに笑ってしまう。そんな姿を見ると思う。ああ、この人は狂っている。自分の仕事に狂っている。
考えてみれば、私が書きたいのはそういう人だ。
無観客のオリンピックが東京で開催された二〇二一年の晩秋、北国でひとりの人物に会った。プロ野球界の舞台裏では知られた人で、慣習を覆すようなことを平気な顔でやるためか、いつも身辺に賛否が渦巻いている。単身用マンションの玄関を開けながら、その人は言った。
「何もなくて申し訳ないけど、コーヒーくらい淹れるよ」
そうは言ってもたいていは何かしらあるものだが、本当に何もなかった。ドリップ・コーヒーを淹れるためのヤカンと野球場の芝生のような濃いグリーンの絨毯、あとは野球を見るためのテレビと野球に関連した本が数冊あるだけだった。
「それ以外に何か必要か?」
そう言うと、その人は自分でも気付かないくらい小さな笑みを浮かべた。湯気を立てたブラック・コーヒーと、ミニマリストもかくやという部屋を前に私は、この狂気の人を書こうと思った。それから三年が経ち、いまようやく筆を執るに至っている。
本作は実在する人物をモデルにしている。そういう意味では私のやることはこれまでとほとんど変わらない。取材をもとに人を書く。それだけだ。違うことといえば、ノンフィクションではないという一点のみだ。
だが、編集のTさんには何度も問われた。
「なぜ、フィクションなんですか? フィクションでなければならない理由は何ですか?」
出版社の六階、白いテーブルとホワイトボードが並んだ圧迫感のある会議室で、Tさんは答えるまでは逃さないという目をした。私は目を逸らした。
そんなことはK先生が指圧師と名乗りながら、火花が散るほど足裏のツボを突いてみたり、木槌やすりこぎ棒のような道具を持ち出すのと同じことで〝この方がよくなると思うので〟としか言いようがないではないか、と心の中で呟いた。
ただ、そもそもTさんはフィクションとノンフィクションの境に何があって何がないのかなど百も承知の上で、なぜですか? と問うている。つまり、これを読む人と、何より書き手である自分自身に明確な説明をしておくべきではないかと言っているのだ。
だから私は逃げ場なく、ホワイトボードの前で「主人公の狂気を、より深く鮮明に書くためです」と答えた。Tさんは「そうですか。分かりました」と言った。
そうした経緯もあって、いまこの欄を書いている私の心境は転校生のそれである。違う学校へきた初日、クラスメートの前で挨拶をするのは埼玉から名古屋へ移った小学六年生のとき以来だ。あの時はもう朝のホームルームが始まる前に校庭でみんなとドッヂボールをしていて、担任の先生から「鈴木くん、本当に転校生なの?」と言われたくらいだから、初めての環境に空気のように溶け込むことができていた。今度もそうなればいいなと思っている。
はじめまして。どうぞよろしくお願いします。
▼「ビハインド・ゲーム」第1話はこちら!
「#別冊文藝春秋」まで、作品の感想・ご質問をお待ちしております!