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「岡山最強の拝み屋夫婦」|はやせやすひろ×クダマツヒロシ
怪奇ユニット「都市ボーイズ」として活動し、呪物コレクターとしても知られる、はやせやすひろさん。彼のもとには様々な体験談が寄せられる。
今回は、地域の人々のお祓いを生業とする拝み屋夫婦の物語――
※本作品は、はやせやすひろさんの実体験をもとに、クダマツヒロシさんが執筆しました。相談者の氏名は仮名とし、一部脚色してストーリーを設定しています。作中、呪物の写真が出てきます。ご注意ください。
「――今日はお忙しい中お時間いただきありがとうございました。おかげで良い記事が書けそうです。実は私、『都市ボーイズ』さんのファンなんです」
2023年1月。その日僕は都内である取材を受けていた。『都市ボーイズ』とは、僕「はやせやすひろ」が、2015年から相方の岸本さんと活動しているユニット名だ。自身のYouTubeチャンネルでオカルト全般の話題や、寄せられた怪異体験談などを取り上げ、日々紹介している。また僕自身が『呪物』と呼ばれる物を蒐集していることもあり、最近はYouTuberとしてだけでなく『呪物コレクター』としてメディアで取り上げてもらえる機会も格段に増えた。今回受けた取材もその一つだ。インタビュアーのサトさんという女性が続ける。
「私も何かはやせさんに提供できるようなお話があれば良かったんですが……」
申し訳なさそうに語る彼女に「いえいえ、そのお気持ちだけで充分ですよ」と礼を告げる。
「大したことないのですが、私のひいおばあちゃんが〈拝み屋〉をやっていたことぐらいしか……」
思いもよらないワードが飛び出す。
「拝み屋? 本当ですか? それ、詳しく取材させてもらえませんか?」
〈拝み屋〉――。古くから日本ではまじないや祈祷という超自然的な力が信じられ、拝み屋はその力を用いて人々の悩みを解決してきた。その存在は全国に分布し、各地域で呼び名は細かく分かれている。霊媒師、祈祷師、北ではイタコ、南ではユタ――。細部に違いはあれど、医療が充分に発達していない時代において、彼らは医者と同列に扱われるほど人々の生活に密接に関わり続け、高い信頼を得ていた。
サトさんがそんな拝み屋の家系だなんて……これはもしかすると貴重な話が聞けるかもしれない。
「構わないですけど……うち、岡山ですよ?」
「取材できるならもちろん行きます。すぐにでも。いつ頃が大丈夫ですか? 来月はいかがです? 来月であればこの週と、この週、あとこの辺りの日程であれば空けますし……あっ、あとこの辺りでも」
身を乗り出す僕にサトさんは驚いた顔を見せているが、構わず携帯を開きこちらのスケジュールを伝える。気づけば立場は逆転し、僕の方が熱心に取材を申し込んでいた。
一月後。僕はサトさんと共に岡山県を訪れていた。
「まさか、本当に取材に来られるなんて思ってませんでした」
岡山県の山深い場所にある集落が、サトさんの生まれ育った場所である。僕も岡山県の集落出身だが、また違った新鮮さがある。
「――この辺りの土地には、お地蔵さんが一つも置かれてないんですよ。どうしてだと思います?」
車でサトさんの実家へ向かう道中、唐突に彼女がそんなことを言い出した。
「何か理由があるんですか? そうですね……元々信仰していないとか?」
サトさんが首を横に小さく振る。
「逆なんです」
「逆?」
「信仰心がありすぎて、お地蔵さんがないんです」
ありすぎる、とはどういう意味なのか。測りかねている僕にサトさんが続ける。
「元々はこの辺りにもたくさんお地蔵さんが立っていたそうなんです。それが戦時中、敵国から壊されたり、首を刎ねられたりしないように、村の人が隠したんです」
戦火から守るために隠したということだろうか。
「お地蔵さんたちはどこかに集められたんですか?」
再びサトさんが首を振る。
「埋めたんですよ。地面の下に」
地面の下。そう聞いて反射的に外を見る。しかし舗装されたコンクリートの道には当然何もない。のどかな田舎の風景が広がっているだけだ。
「だから、今でもこの辺りの地中に、埋められたお地蔵さんがたくさんあるそうなんです」
「それはまた、珍しい話ですね。初めて聞きました」
信仰心ゆえに地中深くに埋められた地蔵。過去の取材で地蔵に纏わる話はいくつも聞いてきた。しかし地面に埋めるという話は初めてだ。思いもよらず聞くことができた珍しいエピソードに密かに気持ちが昂る。これから向かう先、さらに面白いものが待ち受けているかもしれないという期待に胸が膨らんでいた。
*
「どうも、えらい遠くから。よう来てくれたねぇ」
自宅に招き入れてくれたのは、サトさんの祖母にあたる〈ミネちゃん〉だ。奥のリビングまで通され、向かい合って座る。年配者に対して、ちゃん付けで呼ぶのは気が引けるものだが、事前に聞いていた通りミネちゃんは小柄で温和そうな、とても愛らしいおばあちゃんだった。それゆえ僕もすぐに彼女の虜になり、親しみを込めてミネちゃんと呼ぶことにしたのだ。
「じゃあさっそくなんですが、拝み屋をやっていたというご両親について、お話を伺ってもよろしいでしょうか?」
挨拶を済ませたあと、さっそく取材を始める。
「拝み屋をやっていたのは、私の旦那の両親。つまりは義理の両親やね。義母はシズコと言います。義父と二人で拝み屋をやっとりました。そんでもまぁ、最初から拝み屋をやっとったわけではないんですよ。元々は農業なんかをやっとったちゅう話で……」
ミネちゃんが静かに話し始める。
「元々、二人とも霊感のようなもんはありませんでした。そんでもきっかけがあったんです」
息子――ミネちゃんの旦那さんにあたる人物の身に起きた出来事だという。息子さんがまだ幼い頃、病に臥せったときのことだ。あれよあれよと病状は悪化し、意識不明の重体に陥るまでに至った。脳と脊髄を覆っている髄膜が炎症を起こす病気。脳膜炎だった。軽度であれば風邪に似た症状だが、重症化すると意識障害を引き起こし、最悪の場合死に至るケースもある。まして、現代のように医療が充分に発達している時代ではない。二人は必死になっていくつもの病院を渡り歩いて医者に見せたが、一向に病状は改善されず途方に暮れた。そんなときに村の村長が、二人にある助言をしたのだ。
――信心に頼ってみるのはどうだろうか?
早い話が神頼みである。今でこそ医療機関においての治療が最善だが、当時は神や仏に縋るという選択は珍しくなかった。そもそも医療で治せないのだから、そこに辿り着くのは必然だろう。それから二人は毎日のように神仏を拝むようになった。そういった生活を二年、三年と続けていくうち、息子の病状は医者が驚くほどの回復を見せた。やがて息子は意識を取り戻し、病気によって引き起こされていた言語障害も改善された。やがて病気は完治し、不自由のない日常生活を再び手に入れた息子は、のちにミネちゃんと結婚をし、その晩年には町内会長を任されるほどになったのだ。
「――そういうことがあったんやわ」
ミネちゃんが一息つく。
「旦那さんは、神仏によって救われた、と」
息子の窮地を救ってくれた神仏に対し、二人の信仰心はより深くなっていく。その後、二人は日蓮宗の寺で本格的に修行を始めることになる。
「――それから二人で拝み屋を始めたわけやね」
「そういう経緯だったんですね。ちなみにどういったお仕事を請け負っていたのでしょうか?」
「そうやねぇ。例えば……」
まず義父について。日蓮宗の寺で修行を行ったあと、お祓い業を中心に日々の依頼をこなしていたそうだ。他にも当時の埋葬方法は土葬が主であり、墓を移動させる際、もう一度墓を掘り起こす必要があった。そこで経を上げる役目を担っていたという。今でいうお坊さんに似た役割だろう。
「ほかにも色々。ほんでも霊媒の才能があったのは義母の方よ」
修行はシズコさんの能力を様々な形で開花させることになった。とりわけ霊媒については確かな評判を呼んだ。
「霊媒というのは具体的に言うと、どういった能力なんですか?」
「絵描きやね」
「絵描き?」
絵描きとは、呪や禍によって身体を壊している方の原因をまるで巻物や紙芝居を見るように、どのようにして依頼者が祟られたかが分かる能力のことを指す。
「『どういう念で、そこにいる人が祟られているのか?』いうんが分かるんやね」
「“祟りの原因が分かる”ということでしょうか?」
ミネちゃんの説明によると、シズコさんは依頼者を苦しめる原因を突き止め、断ち切ることができた。さらに、依頼人にまつわるあらゆる情報を言い当てることもできた。例えば初めて会う依頼人から悩みを打ち明けられた際など、シズコさんはこう助言する。
――お宅の裏に山があるでしょう? そこを登って、先にあるお地蔵さんに願いなさい。そうすれば、きっと全て良くなるから――。
当然シズコさんには、依頼人の住んでいる自宅がどこにあるかはおろか、周辺の地理についても知る術などはない。しかし実際にその場所には確かに地蔵がある。そして依頼人が言われた通りに地蔵に拝むと、その悩みは解消されるのだ。
「それって〈千里眼〉のようなものですよね……」
「確かにそうやねぇ。それに電話がない時代よ。そんでも『今日は誰が訪ねてくる』とかまで分かる」
少し先の未来が分かる。そしてそれが百発百中で的中する。これも千里眼の能力と呼べるだろう。シズコさんはこれらの驚異的な能力を使って数々の依頼をこなしていたそうだ。
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