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透明ランナー|映画『FLEE フリー』――「故郷」を奪われたひとりの人間の今まで語られなかった物語

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 こんにちは。あなたの代わりに観てくる透明ランナーです。
 日本人の映画館での映画鑑賞本数は年間約1本と言われますが、私が今年1本しか映画を観られないとしたら迷いなくこの映画を選びます。映画史に残るであろうマスターピースであり、まさに今作られるべき、今観るべき映画。それが『FLEE フリー』です。

 『FLEE フリー』の主人公はアフガニスタンからデンマークに逃れてきたアミン。学生時代に彼の親友となった監督のヨナス・ポヘール・ラスムセンは、アミンが長年封印していた過去の記憶を4年間にわたるインタビューによって徐々に遡り、アニメーション・ドキュメンタリーという手法によって彼の個人的な体験を1本の映画へと昇華させました。

©Final Cut for Real ApS, Sun Creature Studio, Vivement Lundi!, Mostfilm, Mer Film ARTE France, Copenhagen Film Fund, Ryot Films, Vice Studios, VPRO 2021 All rights reserved

アニメーションのイメージ

 『FLEE フリー』は2022年3月の第94回アカデミー賞で長編アニメーション賞、長編ドキュメンタリー賞、国際長編映画賞の3部門にノミネートされました。この3部門に同時にノミネートされた作品は史上初です。受賞は逃しましたが、『ドライブ・マイ・カー』(2021年、濱口竜介監督)と重ならなければ国際長編映画賞はこの映画が受賞していたのではないかと思います。それほどまでに高く評価された理由はどこにあるのでしょうか。

 近年の映画界において最も重要なことは「語られなかったエピソードが語られるようになった」ことです。2010年以降は主にLGBTQ+、女性、移民、アフリカ系アメリカ人といった人たちの「語られなかったエピソード」が注目を集める機会が増えました。それはときにラブストーリー、ときにスーパーヒーロー、ときにコメディといった形をとって語られますが、ますます存在感を増しているのがドキュメンタリーとアニメーションです。

 ドキュメンタリーはこれまで単体では興行収入が見込めず製作費を集めるのが難しい状況が続いていましたが、それを変えたのがNetflixを始めとする動画配信サイトの隆盛です。サブスクリプションで収入が確定するため1本1本の売上を気にする必要がなく、社会的に意義ある作品であれば製作費を集めることが容易になり、多くの企画が実現しました。また、アニメーションは実写では撮影できない表現を形にするのに優れ、クリエイターの想像力をより高く羽ばたかせることが可能です。実写では短編映画は比較的軽く扱われがちなのに比べ、アニメーションでは伝統的に短編も芸術作品として認識され鑑賞者も多く、少ない資金でも高い評価を受けることが可能という利点もあります。

 アミンの半生を映画にするうえで監督のラスムセンがアミンから出された条件は、主人公が誰なのか明らかにしないことでした。彼は合法的でない手段をもってデンマークに入国し、自身の素性や家庭を隠し続けて生活しているため、映画の公開によって特定されれば何らかのリスクに晒される可能性が高いためです。そのため実写ではなくアニメーションによるドキュメンタリーという手法が採用されることになりました。アミンという名は仮名で、欧州各地に住む彼の家族も特定を避けるような描き方がなされています。

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