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予測不可能! 衝撃のラストに悶える新しい本格ミステリが誕生|新名智『雷龍楼の殺人』インタビュー

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 こんなミステリ、読んだことない! 読後にそう叫びたくなるような、前代未聞の小説が誕生した。
 著者の新名智にいなさとしさんは、2021年、「虚魚」で第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉を受賞し、デビュー。最新作『雷龍楼らいりゅうろうの殺人』は4作目で、自身初の本格ミステリだ。
「デビュー時に選考委員をしてくださった綾辻行人あやつじゆきと先生と対談をした際に、『本格を書きなさい』と仰っていただきました。当時は『いずれ必ず書きます』とお答えしたのですが、その〝いずれ〟がこの作品ということになりますね」
 舞台は富山県の沖合に浮かぶ油夜島あぶらよじま外狩とがり家は、かつてこの島の集落で絶大な権力を持っていた一族で、島にある屋敷「雷龍楼」は先祖代々のもの。そして2年前、この屋敷の密室の別棟で、4人が命を落とす変死事件が起こった。
 物語を牽引するのは、外狩家の末裔まつえいであり、2年前の事件で両親を失った中学生の外狩かすみと、いとこの高森たかもり穂継ほつぐ。霞は事件後、穂継の家に身を寄せていたが、下校途中に何者かに誘拐されてしまう。一軒家の一室に監禁された霞に、誘拐犯は、穂継が外狩家の親族会議に参加するため雷龍楼へ向かったと告げる―。
「地方のお金持ち一族、屋敷、島、クローズドサークルでの殺人事件といったミステリの古典的な要素を入れ込むことで、従来のミステリのように見せかけつつ、それだけでは終わらない……そんな読書体験を目指して書きました。担当編集者と、コアなミステリファンを意識したものを作ろうと話し、毎週3時間以上の打ち合わせを重ねまして。こんなに誰かと相談しながら書いたのは初めてですね(笑)」
 霞が解放される条件は、穂継が雷龍楼で「あるもの」を手に入れること。しかし、穂継が屋敷に到着した夜、殺人事件が発生する。その状況は、なんと2年前の事件とまるで同じ密室状態。さらに、穂継がこの事件の殺人の疑いをかけられたことで、状況は一変する。穂継が逮捕されると目的のものが手に入らないばかりか、警察に誘拐を知られてしまう―窮地に陥った誘拐犯は、穂継の疑いを晴らしたければ協力しろと霞に迫るのだった。2年前の事件当時も屋敷のなかにいた霞は、屋敷の記憶を手繰り寄せながら、穂継を救うべく奮闘する。
「霞は、誘拐監禁されながら推理をするので、いわば安楽椅子探偵です。最初の構想段階で、安楽椅子探偵ものとクローズドサークルでの殺人事件を両立させたい、と考えていました。そのためにはどんな背景があったらよいか、と書きたい構造から逆算して、設定を詰めていきました」
 屋敷での殺人事件と霞の監禁―息もつかせぬ緊迫感漂う描写と並行し、作中には穂継と推理小説作家・鯨井くじらい真子まこのやりとりが挿入される。ミステリ好きの穂継は、2年前の事件について、真子に謎解きをさせようとしていた。真子の友人が外狩家の一族で、事件の犠牲になっていたからだ。油夜島の屋敷に因縁のある2人の会話からは、本作に通底するテーマが浮かび上がってくる。それは、「密室ミステリとはなにか」という問いだ。
「デビュー作『虚魚』では怪談とはなにかを、『あさとほ』で物語とはなにかを、『きみはサイコロを振らない』でゲームとはなにかを、突き詰めて書いてきました。僕は物事の前提を疑うような、〝そもそも〟を考えるのが好きなんです。大学時代にミステリ研究会に属していたので、密室ものはそれなりに読んできたのですが、自分には合わない作品も結構あったんですね。それは、ミステリに出てくる密室というのは、本質的には密室ではないのではないか、と思っていたからです。詳しくは作品を読んでいただきたいですが、昔から密室について感じていたことを、真正面から書くことができました」
 密室と同様に、真子は「ミステリとはなにか」も語っている。新名さんのミステリ観を投影したという真子と、ミステリファンの穂継によるミステリ談義も大きな読みどころだ。
「人間には、自分の分からないものをなくしたい、分からないものに解決を与えて、分かるようにしたいという欲望があると思うんです。ホラーやミステリは、フィクションのなかでその欲望を解消してくれる力があると思っています。ただ、個人的には謎解きをするだけの作品にはあまり惹かれなくて……。登場人物を事件解決のために都合よく動かしているだけのように感じてしまうこともあるんですよね。『雷龍楼の殺人』では、純粋な謎解きの要素による面白さを残しつつも、一歩引いた視点で、トリック以外の部分も楽しめるように試行錯誤を重ねました」
 霞の必死の推理も虚しく、屋敷では次々と人が殺され、穂継は絶体絶命の危機に陥る。そして読者を待ち受けるラストは、〝衝撃〟の一言で片づけるのが惜しいほどの、驚きに満ちた鮮やかな展開だ。
「プロットの段階から、最後の最後にドカンとミステリ的な面白さを持ってこようと決めていました。ショッキングなだけではなく、感情を揺さぶるオチになっていると思うので、ぜひ最後まで読んでいただけたら嬉しいです。今後はミステリをたくさん書いていく予定でいます。アイデアは頭のなかにたくさんあるので、形にしていきたいですね」

◆プロフィール
新名智(にいな・さとし)
 1992年生まれ。長野県上伊那郡辰野町出身。早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。在学中はワセダミステリクラブに所属。2021年「虚魚」で第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉を受賞し、デビュー。その他の著作に『あさとほ』『きみはサイコロを振らない』がある。


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