見出し画像

繊細な文章が光る感動作!ラランド・ニシダ『ただ君に幸あらんことを』インタビュー

TOPページへ

 デビュー作『不器用で』から約1年半。ラランド・ニシダさんによる待望の第2作『ただ君に幸あらんことを』が刊行された。前作では、人間への深い洞察と優しい眼差し、著者ならではの繊細な文章が評判を呼んだが、今作は更なる高みへと到達している。

「前作は原稿用紙50枚くらいの短篇を5作収録しましたが、今回は120枚前後の中篇を2篇書きました。どんなに忙しくても必ず毎日書くと決めていたので、芸人の仕事をして、夜帰ってから書くことが多かったですね。睡眠時間を7時間は確保したいので、例えば翌日昼の12時に起きるとしたら、帰宅してから朝の5時までは書こうとか、どうにか時間を捻出していました。そうそう、ちょうど執筆期間中に、ある企画でエジプトに行っていたんですが、ロケの合間の時間や、ドーハでのトランジットの合間にも書いていました。前作ではここまでストイックではなかったのですが、毎日書いていると新たな発見もあって。文章の温度感が、芸人の仕事の具合にかなり左右されるんですよ。上手くいった日は、テンションが高くて、逆の日は低かったり。こんなに文章に素直に表れるのかと思いました」

 表題作「ただ君に幸あらんことを」は、家族をテーマにした物語だ。ある日、大学を卒業し、一流企業に就職した主人公・晃成《こうせい》のもとに、妹から一通のメッセージが届く。彼らの母親は、学歴に強烈なこだわりを持ち、大学受験を控える娘を高圧的な態度で追い込んでいた。晃成は妹を守るべく、母親との複雑な関係性を見つめ直していく。

 ニシダさんといえば、YouTube等で〝家族との不仲〟が話題に上ることもある。

「この作品と同じような出来事が実際にあったわけではないです。でも、両親や妹に対して抱いていた気持ちには、この主人公とどこか共通するものがありました。モヤモヤッとした感情を出発点にしたので、ストーリーに落とし込むのが難しかったですね」

 作中、母親が放つ言葉の数々は痛烈だ。「あんたは高卒で野垂れ死んでも悲しくないわ」「あの子が食べようと、捨てようと一緒だから。腐葉土にした方が良いくらい」。これらの言葉は、重みを持って読者の胸に突き刺さる。

「母親の台詞は、スラスラ浮かんできたんです。これらの言葉をかけられた記憶はないのですが、あれだけ自然に出てきたということは、忘れているだけで同じようなことを言われていたのかな(笑)。作品では、極端な母親を描きましたが、親なら誰しも、『子どものため』という思いから、子供をコントロールしたいという欲望を多少なりとも持ってしまうものなのかもしれません。今作では学歴がそのポイントでしたが、それがスポーツの人も、音楽の人もいるかもしれないですよね」

 もう一篇の収録作「国民的未亡人」では、国民的スター俳優を喪《うしな》った妻・美紘《みひろ》を主人公に据えた。

「前作で女性の主人公を書いて褒めていただいたので、もう一度挑戦してみようと思いました。ただ、今回も本当に難しかったですね。メイクの順番一つとっても、何人かに聞いて参考にしました」

 スターだった夫が自分に見せていた顔は、果たして〝本当の彼〟だったのか、揺れ動く美紘の心情をつぶさに描いている。

「芸人として活動していると、カメラの前の自分と、本来の自分がどんどん融合していくような不思議な感覚に陥ることがあります。この感覚を、美紘の視点を通じて書いてみたかったんです」

 読書家としても知られるニシダさん。小説を書き始めてから、読み方にも変化があったという。

「短篇の時は、スケッチ的な描き方、描きたい場面を丹念に表現していく、という方法でも書き切ることができました。でも、今回のように中篇となると、そうはいきません。書きたいシーンの前後をどう描くか、一つのシーンにどれくらいの分量を割くか……他の作家さんはどのように書いているのだろうと意識するようになりました。書きたいことはまだまだたくさんあります。まずは中篇をもっとたくさん書いて、いずれは長篇にも挑戦したいですね」

写真:山元茂樹


◆著者紹介
ラランド・ニシダ(ららんど・にしだ)
1994年7月24日生まれ、山口県宇部市出身。2014年、サーヤとともにお笑いコンビ「ラランド」を結成。23年『不器用で』で作家デビュー。25年1月、最新作『ただ君に幸あらんことを』刊行。

TOPページへ

ここから先は

0字

《読んで楽しむ、つながる》小説好きのためのコミュニティ! 月額800円で、人気作家の作品&インタビューや対談、エッセイが読み放題。作家の素…

「#別冊文藝春秋」まで、作品の感想・ご質問をお待ちしております!