本田由紀|沈滞する日本社会に活路はある? 希望を抱かせてくれる力強いメッセージ――浜田敬子『男性中心企業の終焉』(文春新書)に寄せて
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先日、ある経営学者のお話をうかがう機会があった。現在の日本企業では総じて「イノベーション」が低調であり、それを活性化するためには、「変化の常態化」(いつもと違う駅で降りてみよう!)や「失敗の許容」(ジョブズの成功は数々の失敗から生まれた!)、そして社内の「ダイバーシティ」(性別や国籍など多様な属性や感覚をもつ社員が会社のミッションを共有すること!)が必要だという。
お話のあとで私は質問した。「データによれば日本の社長をはじめ経営層は世界の中でもダントツで高齢であり、しかも年々さらに高齢化しています。そして経営層が高齢である企業ほど業績が悪いというデータもあります。ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われていた頃に壮年期を過ごし、あれでいいのじゃ、と思い続け、残り少ない経営人生の中で新たなリスクをとる気もなく居座っている人たちが大量にいる中で、ご指摘のようなイノベーションは起きるのでしょうか?」と。その経営学者の方は、ちょっと「ぐぬぬ……」となってから、「希望は経験値とリスクテイクの意識がつりあっている40~50代にあります」と答えた。私は就職氷河期世代にあたるその年齢層のイニシアチブ発揮がうまくいくかしら、と思いながら、これ以上この場で追及しても仕方がないかと思い、「ありがとうございました」と答えて黙った。
ことほどさように、いまの日本社会が経済的にも社会的にも、沈滞して、世界の動向に遅れていて、差別的で、海外から見れば一種キモチワルイ状態に立ち至ってしまっていることは、多くの人に知られるようになっている。急激に進む少子高齢化も含め、あまりの事態に暗澹としがちである。そんな日々の中で手に取った本書には、いやまだまだ活路はあるかもしれない、と、希望を抱かせてくれる力強いメッセージが溢れていた。
新聞記者を経て雑誌やオンラインメディアの編集長を長く務めてきた著者は、ジャーナリストの本領を発揮して、多数の企業人や研究者への取材を積み、数々の調査データに自身のこれまでの経験や思いも重ね合わせながら、日本企業とジェンダーギャップの現状、それを乗り越えようとする様々な努力を描き出している。リモートワークや女性管理職の数値目標、ジョブ型正社員の導入など、コロナ禍にも後押しされて動き始めた新たな動きを目配りよくとりあげ、ジェンダーギャップの解消に「本気で」取り組み始めた企業の経営者や担当者の肉声を紹介している。
筆者にとって興味深かった点の一つは、リーダー像の変容についての指摘である。ぐいぐい引っ張る野心的で力強い従来の「男性的な」リーダーは、権力と服従、損得と報酬により人を動かそうとするが、それは無駄や非効率を伴う。激しく変化する不安定な環境のもとで、リーダーの判断や価値観が古かったり間違っていたりする場合には、組織全体のパフォーマンスを低下させかねない。いま求められているのは、メンバーの内発的な動機や考えに共感をもって耳を傾ける、調整型のリーダー像であり、それにはむしろ女性が向いている面もあるという。むろん、男性・女性の行動様式を決めつけることはジェンダーの本質化であり間違っているが、これまでのジェンダーステレオタイプが女性をリーダー的立場から排除しがちであったことへの対抗的ロジックは必要である。そういえば、現首相も現東大総長も、「聞く」ことや「対話」をポリシーとして表明している。本当に聴いているか、聴いたうえでどう行動しているかは別として、いわゆるリーダーの典型ともいえるこれらの人たちが同じスローガンを掲げていることは、社会の何らかの変化を表すものであろう。
「仕事と家庭の両立」が、主に女性を対象とする施策であった時代は終わった。性別問わず全員を対象として、個々人が生きたい人生を生きることを可能にする方向への企業の変化が、一刻も早く必要だ。その足枷になっている法や制度の転換も不可欠だ。本書の中で挙げられている「本気」の具体的な企業名は、就職活動や転職を考えている人たちにとっても指針となるだろう。苔むしたような「男性中心企業」からの決別により、日本が少しでも明るい方向に向かうことを願う。
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